なんで俺はこんな所にいるんだろう。
渡された物を身につけ、通された部屋で所在なげに立ち尽くすしかできない俺には自分にそう問い掛けるしか時間を潰す方法はなかった。







まだまだ寒さが最高潮な冬のとある日。
下っ端の仕事がようやく片付き先輩達はとっくに帰ってしまった部屋の中。
明日はようやくオフだと開放感に浸りながら思い切り伸びをしていたら、それはいきなりやって来た。

「はーい、ミカゲ君お持ち帰りねー☆」

なんていきなり扉を開けて入ってきたグラサンが胡散臭い、色々あって顔見知りになってしまった参謀長官直属部隊の少佐に軽々と抱え上げられてしまった俺は、抵抗すら出来ずにここに連れてこられてしまった。
何やら異様な空気で皆揃って難しい顔をしているそこにいたのはグラサンの少佐の他に・・・

「ハルセさん、カツラギ大佐、って参謀長官まで・・・」

長身で軍人としてとてもいい身体をしているが、とても親切で献身的なベグライターの鏡と言われるハルセさん。
いつもニコニコして穏やかだが仕事の正確さと心遣いの細やかさが素晴らしいカツラギ大佐。 そして・・・
このバルスブルグ帝国軍で知らぬ人はいないだろう、冷静やら冷酷やら残酷やら色々言われているけれど、とりあえず仕事がめちゃくちゃできる有能若手幹部のアヤナミ参謀長官。

しかし問題はその面子ではなかった。
神妙な顔でブラックホークの大人組(ヒュウガ少佐命名)が顔を揃えている場所と言うのが・・・

カツラギ大佐の城と言う名の給湯室と言う名のシステムキッチン。

真新しさはないけれど、隅までピカピカに磨きかれ使い込まれているんだろう様が見て取れる。
確かに参謀部に遊びに来る度にカツラギ大佐やハルセが出来立てだと言って出してくれるオヤツの数々は、お湯が沸いてせいぜいインスタントラーメンが出来ればいいような他の部署についてる給湯室から出来る筈もない。
こんな設備を有無を言わさず揃えられるとは、流石バルスブルグ帝国一を唄われる部隊といえる。
ぶっちゃけ帝国一と何か違う気がするが、一般的に噂されている参謀部と実際に触れて知った参謀部の実状は全く違うものだと分かった今はそれが不思議じゃなかった。

いやいや、キッチンとか実際のブラックホークの話はどうでもいい、いや・・・後者はちょっと関係してるかもしれないけれど・・・

なぜなら俺がこの場所に入って来て、まず身につけるようにと渡されたエプロン。
そのエプロンをイメージ的に不自然じゃないカツラギ大佐とかハルセさん以外に、ヒュウガ少佐とかあの・・・あのアヤナミ参謀長官まで身につけていた日には帝国最強部隊のメンバーである事を疑ったって悪くないと思う。
口が裂けても言わないけれど、参謀部のイメージだったら白衣とかを来て謎の実験室にいるならまだ納得もいくけど・・・
おっと、また話がそれた。
まぁそんな感じで現実から目を背けたくなるぐらいのことがたった今、俺の目の前にあるということだ。

「所で・・・皆で集まって何をするんですか?」

しかし現実逃避した所で何も状況は変わらないので思い切って今回の目的を聞いてみた。

「良くぞ聞いてくれましたね、ミカゲ君っ!!」

「え、あの・・・」

「去年のあのチョコレートのせいでどれ程の犠牲が出たことか・・・
 ありえない組み合わせの実験で無駄になった食材…キッチンも片付けるのにどれだけ苦労したことか・・・」

「あー。」

ヤバい、さっきの俺の一声で何やらカツラギ大佐のスイッチを押してしまったらしい。
涙ながらに滔々と語るカツラギ大佐。
確かに去年の惨劇に対する気持ちはわかるけど、ヒュウガ少佐は半分寝てるし、アヤナミ参謀長官はエプロンつけたまま書類を広げてるし・・・
でもハルセさんは一緒になって両手を握り締めて力強く頷いている。

「そこで今年は考えました。彼らに先回りしてチョコレートを作ってしまおうと。
 ハルセ君のご実家はケーキ屋さんですし、これほどまでに優秀な人材はありません。」

ああ、ようやく本題に入ってくれたみたいだ。
しかしカツラギ大佐の演説は本題に入ったことによりさらに熱を帯びている。
ハルセさんも褒められたことに照れを見せているが、お菓子作りはノリノリなのが見て取れる。
でもヒュウガ少佐は完全に遊びモードで調理台に揃った調理器具しか見てないし、アヤナミ参謀長官は・・・うわ、いつの間にそんな書類の山なんて持ってきてたんだよ・・・

「とにかく、あの惨劇は繰り返してはいけないのです・・・そうなる前に先手を!
 つまり、逆チョコ作戦です!!」

きっとうつろになっていただろう俺の視界で手に拳を作ったカツラギ大佐が見え、そんな声が響き渡る。
カツラギ大佐の演説を聞きながらぼんやり思い出したそれはあの去年のバレンタイン。
親友にチョコレートをあげるからと言われて軽い気持ちで遊びに来た俺が受けたあの仕打ち。

何も知らなかった俺が踏み入れたせっかくの恋人達の日だと言うのにまるでお葬式のように静まり返っていた参謀部の執務室。
それまで俺はテイトはともかく、あのコナツさんやクロユリ中佐の常人ならざるおかしな味覚を知らなかったのだ。
いや、知らないことはなかったけれどそこまで危惧していなかったと言うべきか・・・知っていたら参謀部なんか絶対に近寄らなかった。
三人が笑顔で持ってきたチョコレートを食べ切るまで俺は色んなプレッシャーから逃げられなくて、しばらく普通のチョコレートが食べられなかったね、本気で。
確かマグロにチョコレートとかいうただでさえがかかってその上からさらにあんかけやら金箔やらが乗った思い出したくもないゲテモノチョコレート。
今年はあの三人にそんなチョコレートを作らせる前にこちらがチョコレートを用意して先回りをしてしまえ、という作戦らしい。

考え方は分かった。
あのチョコレートに対する危険性には多いに賛成しよう。
分かったが、しかしホワイトデーはどうするんだろうか?
お返し、といって新たなゲテモノお菓子が返ってくるんじゃなかろうか?
しかしこの雰囲気で意見なんかしようもんなら後がどうなるか分かったもんじゃないので黙っておくけれど・・・

「でも、何で俺まで・・・」

俺はブラックホーク所属じゃない。
ぶっちゃけ昔みたいに噂だけで嫌悪することは無くなった所か、好意的になったのには自分でも驚いてはいる。
まぁ誰もが恐れる参謀部に遊びに来てお茶なんかしてる時点でこの要塞内では特別視されているのは分かってるけれど・・・

「クロユリ君達のチョコレート、欲しいんですか?」

「いえ、絶対にいりません!!」

なんてにっこりと、しかし不吉に笑うカツラギ大佐に反論する気などおこらなかった。
去年の惨劇は根強く俺の中に残っているのだから・・・

「では、始めましょうか?」

俺が何も反論しなくなったのを見計らいカツラギ大佐の一声でチョコレート作りはスタートした。
したのだけれど・・・





「では、ヒュウガ君はこのチョコレートを細かく刻んで下さいね。」

普段の落ち着きを取り戻したカツラギ大佐がヒュウガ少佐に差し出したチョコレートの板。
キッチンを物珍しげに眺めている様子からヒュウガ少佐は確実に料理なんてしたことがないだろう。
それを分かっている様子のカツラギ大佐はヒュウガ少佐でも出来るだろうとその作業を任せたつもりだろう。
だろうけれど・・・

「刻む?
 刻むなら任せてよっ!」

「ぎゃぁぁぁぁぁ!?」

何を思ったのか、ヒュウガ少佐は腰にさしていた刀をいきなり引き抜いたと思ったらチョコレートに向かって全力で刃を振り下ろした。
あまりの切れ味にチョコレートだけじゃなくてまな板までざっくりだ。
つーか、なんでキッチンにまで刀を持ち込んでるんだこの少佐は?
いや、さっきの様子から料理なんてしたことないだろうからきっと常識とか言っても分からないだろうなぁ・・・

「ヒュウガ君?」

「あ、あはは〜」

少佐の名前を呼んだカツラギ大佐、笑ってるけど声と目が笑っていない。
そりゃそうだろう、自分の城でいきなり刀なんて振り回されたら・・・
絶対にカツラギ大佐には逆らわないでおこうと俺は詰め寄られている少佐を横目にハルセさんとチョコレートを刻み終えた。
ハルセさんのに比べて俺の刻んだ分はちょっと不格好だけど溶かせばなんとかなるだろ。

「あ・・・では、アヤナミ様はこちらのチョコレートを湯煎にかけて溶かして下さいませんか?」

「え・・・」

ハルセさんが刻んだチョコレートを入れたボールを差し出したのはなんとキッチンにまで書類を持ち込み仕事をしているあのアヤナミ参謀長官の前。
は、ハルセさん・・・って結構勇気があるのか天然なのか?
とりあえず、そんな参謀長官の様子をハラハラしながら見守っていると・・・

「溶かす?
 熱を加えるのか・・・」

ゆっくりと書類から目を上げた参謀長官はハルセさんにそう確認すると・・・

ボウッ!

「えぇぇぇぇぇ!?」

いきなり左手を翳したと思った瞬間、手のひらにザイフォンを出してチョコレート目掛けてそれを放つアヤナミ参謀長官。
ザイフォンが強すぎてチョコレートを溶かす所か、チョコレートを入れてたボールごと溶かしてますよ参謀長官?

そんな参謀を見て俺は昔、士官学校の野外演習で湯を沸かそうとしてザイフォンで鍋まで溶かした親友を思い出した。
ちなみにその親友は今、目の前でボールを溶かした参謀長官のベグライターとして働いている。
以前からテイトとアヤナミ参謀長官は似てる気がすると思ってはいたけれど、そんな所、似なくたっていいのに・・・

「アヤナミ様?」

やばっ・・・
声には出さなかったけど、今のカツラギ大佐は相当怒ってる。
ヒュウガ少佐の所にいたカツラギ大佐がいつの間にかアヤナミ参謀の後ろに立っていた。

「料理なんてしたことのないアヤナミ様やヒュウガ君にちゃんと説明しなかった私も悪かったと思います。
 思いますが、料理に刀やザイフォンを使っていいと思いますか?」

「いや、でもこれ俺の心の友だし・・・」

「大切なお友達なら尚更使って良いはずないですよね?」

「う・・・」

はい、ヒュウガ少佐の負け。
いや、今この場にカツラギ大佐に勝てる人物などアヤナミ参謀ぐらいしか・・・

「アヤナミ様も・・・」

「なんだ?」

「いくらアヤナミ様がザイフォンの達人でもザイフォンの正しい使い道ぐらい分かりますよね?」

「・・・それはそうだが・・・」

いつもと雰囲気やら言葉遣いやらは変わらないのにアヤナミ参謀が押されてるようにしか見えない。
え、ひょっとして参謀部の誰もカツラギ大佐に勝てないのか?

「お二人とも、退室して下さい。」

「なんだと?」

「えー、なんでー?」

「た・い・し・つ、して下さい。」

「「はい。」」

笑顔のままに怒ったカツラギ大佐に放り出された二人に参謀部の力関係を見た気がするけれど、当事者になりたくないので俺は黙ってハルセさんの指導の元、せっせとチョコレート作りに勤しむのだった。









ちなみに、俺もちょっぴり手伝って作ったチョコレートはテイト達に好評だったそうで、すごく嬉しそうだったとヒュウガ少佐にノロけられた。
けれど案の定、ホワイトデー楽しみにしてて下さい、なんて言われたそうだけれど俺は絶対にその数日前から参謀部には近寄らないつもりだ。
でも親友がブラックホークにいる限り逃げられないんだろうなぁなんて思いつつ、ホワイトデーにどうやって仕事をいれて貰おうかなんて諦め悪く考えるのだった。
あの参謀部とこんなに仲良くなれて良かったのか悪かったのか・・・
それは未だ自分にも分らない。

















ブラックホークに好意的なミカゲが好きです。
つーか、ミカゲが書きやすくて仕方なかった件。
我が家のブラックホークにツッコミキャラが不在のせいで・・・(え!?)

ミカゲもいいですが実はハクレンおかんも出したい今日この頃。
どうやって教会側にいるハクレンさんをinブラックホークパロに出そうか日々考えている霧立でしたー(2011/2/13 UP)