ブラックホークに入隊したはいいものの、新人の自分に出来ることはほとんど何もなく、悶々としながらも日々の業務をこなしていたテイト=クライン。
毎日朝の掃除ぐらいはと思ってかなり早起きしたつもりで執務室に顔を覗かせても、ブラックホークの主夫カツラギ大佐が笑顔で迎えてくれたり、あんたいつ寝てるんだとツッコミを入れたくなる我らが参謀長官がテイトを迎えてくれる為一番に執務室に着いた試しがない。
今日も頑張って早起きしてみたものの、多分どちらかが先に来ているのだろうなぁと思い扉を開いた。
「おはようございます・・・ってあれ?」
今日は穏やかな声が聞こえてくるのか、それとも低い静かな声が挨拶を返してくれるのかそう思っていたテイトのところにはどちらも返ってこない。
そしていつもなら大概一番始めに部屋にやって来て、朝のコーヒーを煎れているカツラギの姿が見当たらない。
「これは・・・」
いわゆるチャンスではないだろうか。
一番新人の仕事は何処に行ってもまずお茶汲みだと親友のミカゲが言っていたのだが、ブラックホークには主夫カツラギ大佐がいる。
コーヒー、煎茶、紅茶など毎日しかもオヤツ付きで楽しそうに出してくれるので、逆に大佐の仕事を取りかねないとお茶汲みを遠慮していたのだが、姿が見えない今こそテイトの出番ではないだろうか。
「よし。」
何故か気合いを入れたテイトは長年思い続けていた責務を果たすべく、給湯室の棚においてあるコーヒーの瓶を手に取ったのだった。
「ん?」
今日も朝早くに執務室にやってきたカツラギは扉を開けた途端に漂ってくる異臭に眉を潜めた。
昨日一番最後に執務室を後にしたのは誰だったか覚えていないが、こんな一晩でこんな異臭を放つようなものなど置いていない筈(たまにクロユリの料理がこんな感じだが、昨日は作っていなかったように思う)。
始めは上層部からやっかみの多いブラックホークに誰かがイタズラでもしたのかと思ったが、それ以上に個性的な面々から受ける仕返しが怖くて逆にそういったことも出来ないように思う。
では何が原因なのだろうかと辺りを見回していると・・・
「あ、カツラギ大佐おはようございます!」
「テイト君?」
カツラギの気配を感じたのか、カツラギの城(笑)である給湯室から顔を覗かせたのは、この度めでたくアヤナミ参謀長官のベグライターとして着任したテイトの姿だった。
「どうしたのですか?」
この匂いは、テイトは何をしていたのか、色々な意味を含ませてそう問うたらテイトがカツラギに何かを差し出してきた。
「コーヒーを煎れたんです。」
「コーヒー・・・ですか?」
テイトが差し出してきたのはなんてことはない執務室備え付けの白いマグカップ。
しかしその中に入っているなんとも形容し難い液体が異臭の正体だと一瞬で分かった。
しかしテイトはそれをコーヒーだと言う。
多分何か良くないものが混ざっているような気がしてならないが、初めて作ったのだろうコーヒーの感想を聞きたくて目をキラキラさせているテイトに何と言っていいものか・・・
個性的なブラックホークの面々のおかげで多少のことなら解決できるカツラギだが、この初めてお手伝いをした子供のようなテイトの瞳に何も言えなくなってしまう。
テイトの期待と目の前のコーヒー?の間でぐるぐる悩んでいるカツラギだったが、執務室に響いた明るい声に我に返った。
「おはようございます。」
「あ、コナツさんおはようございます。」
「コナツ君。」
扉の前でお手本のような敬礼をして入ってきた青年、ヒュウガ少佐のベグライターであるコナツは直属の上司の不真面目極まりない生活と真逆で真面目で努力家な青年である。
毎日上司の尻拭いに奔走して疲れているにも関わらず、テイトと同じように誰よりも早く執務室にやってくる。
そしてお手本のような敬礼と挨拶をするとカツラギとテイトの近くまでやって来た。
助かった、そう正直に思った事は否定しないカツラギ。
普段から同じベグライターの先輩として、テイトの指導を進んでこなしているコナツならこのコーヒーのおかしな所を指摘してくれるだろう。
そう期待していたのだけれど・・・
「あ、コーヒーですか?
頂いても?」
昨日も少佐の尻拭いで遅くまで起きてたんですよねぇ・・・となんとも不備な事を言いながら何の疑問もなくマグカップを手に取る。
しかしその戸惑いの無い行動にカツラギはうっかりしていた自分を責めた。
何故ならコナツは・・・
「あ、美味しいですね。」
と言い出すような味覚崩壊者だったことを・・・
「本当ですかっ!?」
「え、これもしかしてテイトが煎れたの?」
「はいっ。
俺、コーヒー煎れたの初めてなんです!」
コナツに褒められたことがよほど嬉しかったのか、元々大きなエメラルドの瞳を輝かせてコナツを見上げて嬉しそう。
そんな可愛らしくいじらしい後輩の様子にコナツの日々のストレスは一気に解消されていくような気がした。
せっかくなのでもう一杯貰えるかなとお願いすると、執務室に新たなメンバーが出勤してきた。
「あれー?
なんかいい香りがするね。」
「おはようございます、カツラギ大佐、コナツさん、テイト君。」
「おはようございます。」
クロユリ中佐とその中佐を抱いたベグライターであるハルセが執務室にやってきた。
コーヒー?の不思議な匂いの充満する中、穏やかに朝の挨拶を交わすハルセだが、クロユリは挨拶よりもテイトの持っているマグカップの方に興味津々で・・・
「今日のコーヒーはテイトが煎れたんですよ。
クロユリ中佐も飲んでみて下さい。」
「本当?じゃあ頂きまーすv」
コナツ以上の味覚を持ったクロユリはその小さな手いっぱいに持ったマグカップをみるみるうちに傾けてゆく。
この風呂上がりのコーヒー牛乳もびっくりの飲みっぷり、このいっき飲みの終わった後の台詞はもう決まっているだろう。
ちなみにそんなクロユリと共に入ってきたベグライターのハルセはというと、ついさっき起きた時に飲んできてしまったと柔らかく断っていた。
この人、実はかなり強いんじゃないだろうか・・・そう感じたカツラギだった。
「美味しいよ!
テイトはコーヒーを入れる天才だねv」
飲み終えたクロユリまでがやはりテイトのコーヒー?を誉めちぎり始めた。
これは・・・なんとも危険な方向へ進んでしまっているのではないだろうか?
ブラックホークの中でもテイトと特に仲の良いコナツとクロユリに褒められてしまってはテイトが自ら自分の作ったコーヒー?がコーヒーとは呼べない事に気付くはずがない。
誰かこれにツッコミを入れてくれないだろうかと辺りを見渡すも、居るのはクロユリのベグライターであるハルセぐらいだ。
ハルセは実家がケーキ屋というカツラギに並ぶ料理の腕の持ち主なのだが、今の彼にとっては料理人としての意気込みよりクロユリの方が遥かに大切なのだ。
なので・・・
「よかったですね、クロユリ様。」
なんて穏やかに微笑みすら浮かべている。
クロユリ主義もここまでくると関心の域に入ってしまったカツラギだった。
誰かこの恐ろしい物体(カツラギの中ではすでにコーヒーという形容ではなくなっている)に本気でツッコミを入れてくれないか。
神でもいい、なんてそんな事を思っていた時・・・
「なーにしてんのー?」
そんな多少馬鹿げたことであっても神に祈ってしまってことがよかったのか、いつもは遅刻も遅刻な昼近い時間に悪びれもせずやってくるヒュウガ少佐が早朝の執務室に顔を出したのだった。
あのアヤナミ参謀にすら気後れ(命知らずともいう)することなく自分の意見を言ってしまえるヒュウガである、きっとこのコーヒーと呼ばれているおかしな液体にも的確にツッコミを入れてくれるに違いない。
しかし・・・
「ぐぉ・・・」
「ひ、ヒュウガ君!?」
いつも飴をくわえている割りには常識的な味覚を持っているヒュウガがコナツに渡されたコーヒー?に口をつけた瞬間、床の住人となってしまった。
思わず声を荒げるカツラギ、しかしコナツとクロユリといえば・・・
「全く、少佐昨日も夜更かししたんですね!」
とヒュウガが眠ってしまったと見当違いなことを言うコナツ。
「きっとテイトのコーヒーが美味しすぎて気絶しちゃったんだよ。」
テイトのコーヒー?がいたくお気に召したらしいクロユリもそれに続く。
「いや、それは・・・」
嬉しそうにコーヒーについて語り合うブラックホークの可愛らしい三人組。
そんなほわほわした空気を壊すなどいくら遠慮のないヒュウガにだってできないようなことを心優しいブラックホークの主夫カツラギができるはずもない。
そんな味覚破壊の著しい二人に褒められ頬をピンクに染めて嬉しそうにするテイト。
そんな表情を見てしまえば更に何も言えなくなるカツラギは味覚破壊者達の一言に更に肝を冷やすことになる。
「そうだ、アヤナミ様にも飲んでもらってきたらいいよ!」
「そうですね、そろそろアヤナミ様も出勤なさってきますし、今日のコーヒー係はテイトですね。」
「いや、それは私が!!」
あのアヤナミにこの兵器を飲ませてはテイトの身がどうなるか・・・
せっかく長年望んでいたアヤナミのベグライターができたのだ。
たかがコーヒー?の一杯ぐらいで失う訳にはいかないと、必死かつけれどテイト傷つけないように止めようとするのだが・・・
「何をしている?」
あぁ・・・もう何故こんなにもタイミング良く(いや、逆に悪いのか)参謀長官がお出ましになるとは。
そしてテイトの方と言えば、いきなりの上司の登場に、コーヒーを持って行こうか行くまいかマグカップを手におどおどしている。
そんなテイトを見かねたのか明るい声でクロユリがアヤナミに言った。
「アヤナミ様っ、今日のコーヒーはテイトが煎れたんですよっ!!」
「く、クロユリ中佐っ!?」
クロユリとコナツに太鼓判を押してもらったとはいえ初めて作ったコーヒーが果たしてアヤナミの口に合うのか・・・テイトは不安で仕方ない。
「ほら・・・テイト。」
けれどコナツに背を押され、戸惑いながらもアヤナミの所までたどり着くと。
「あの・・・アヤナミ様、これ・・・」
「コーヒー・・・か?」
アヤナミですら思わず突っ込んでしまったどろりとした不穏な液体。
しかし身長差の問題か、上目使いで不安気に揺れる大きなエメラルドの瞳にはさすがの参謀長官も敵わなかったようで・・・
「いただこう・・・」
テイトの持っていたマグカップを受け取ると一口、喉に流し込んだのだが・・・
「・・・。」
しばらく黙り込んでしまったではないか。
これにはコーヒーを煎れた本人であるテイトも冷や汗もので、アヤナミが反応してくるを只待つことしかてきない。
「アヤナミ・・・様?」
「テイト=クライン」
「はっはい!?」
ようやく名前を呼ばれ、自然と背筋は伸び次に言われることをドキドキしながら待つ。
「コーヒーに何を入れた?」
「何って・・・」
そう聞かれても特に何も入れていないはずだ。
アヤナミはいつもブラックを好んで飲むのはベグライターとして知っているし、テイトもそれにならってコーヒーと書かれた瓶しかテイトは手に取っていない。
そしてカツラギがいつも作っている様を見よう見まねで作ってみただけだった。
強いて言うのなら・・・
「あ、愛情です。」
テイトの親友であるミカゲが昔言っていた。
料理を一番美味しくするのは愛情だと。
コーヒー以外に入れたとするならそれぐらいしか思いつかず、きっぱりはっきりとそう言い切った。
「・・・そうか。
ならばいい。」
いいのかっ!?
そういったきり自分の執務室へと姿を消したアヤナミ。
そんな自身のベグライターに甘い参謀長官に全力でツッコミを入れるのを堪えながら、これからはテイトにコーヒーの、引いてはお茶汲みの正しいやり方を教えようと思ったカツラギであった。
後日、誰よりも早く執務来たテイトとカツラギが一緒にコーヒーを入れる練習をしている姿があったとか。
テイトがきちんとコーヒーを煎れられるまで、もうしばらくかかりそうだ・・・
アヤテイ?
うん、霧立の中ではアヤテイなんです。
テイトちゃんに甘いアヤナミ様とアヤナミ様には良いところを見せたいテイトちゃんなんです。
カツラギさんが一番出てますが・・・(爆)
ゼロサム1月号のヒュウガ君、コナツ君っていう〜君って呼び方に大層きゅんときた霧立ですvv
反面珍しくヒュウガ(一番書きやすい)が少ない。
や、だってあんまり長くすると終わらないし(酷)
ブラックホークネタにするとメンバー全員出さないと可哀想になる霧立でした。
ブラックホーク大好き〜vv(2009/12/11 UP)