新しい部屋。
新しい制服。
届いたばかりで皺一つはいっていないのりの効いたそれをドキドキしながら纏う。
「へへ・・・」
それを着れば、鏡の前でくるり、とまるで中学校か高校に上がったばかりの少女のように一回りしてしまった。
今まで着ていた士官学校の制服と変わらない(士官学校の制服が軍服を真似ているのだが)デザインだが、それを着るだけでなんだか背筋がしゃんとなったように感じる。
それに合わせて髪もさっぱりと切った。
周りを見たくなくて、表情を見られたくなくて伸ばしていた髪。
これからは前を向いていようと長い前髪を切った自分が鏡の前で少し緊張した面持ちで私を見ている。
そして長くなった上着の裾や、左肩で揺らぐ大きなバルスブルグ軍の紋章が念願の軍人になれたのだと私に語りかけてくれているようだ。
(これからなんだ。)
これから、私はあのブラックホークに入隊する。
幼い頃から祖父に聞かされていたバルスファイル専属の部隊。
けれど私に生まれついてからその才能はなくて一度は落選になったけれど、あの日、あの人が拾い上げてくれた。
ブラックホークで何かを見つけたらいいと、言ってくれた。
自分の存在を確かめたくて、心のどこかで周りを見返したくて入りたいと思っていた部隊が何故だろう、その言葉だけてとても魅力的な所に変わった。
緊張も勿論あるし、心配だって尽きてはこないけれど、それ以上に期待で胸がドキドキするのを押さえきれない。
ただ、あの時出会ったあの人の横にいられるというだけで・・・
小さな私に何が出来るのかはわからないけれど。
彼処で何を見つけられるのか、あの時に問われた答えを探す為に・・・
「何でその刀じゃないの〜?」
「え?
うわあっ!!」
様々な事を思いながら鏡を見つめていた私の後ろからいきなり声をかけられて軍人にあるまじき勢いで驚いてしまった。
思わず飛びずさった所から声のした方に視線を向ける。
そこに居たのは今まさに考えていたあの時のサングラスの(教官だとばかり思っていた)人物。
後から知った彼の正体は実は憧れてやまなかったブラックホークの幹部で・・・
「ひゅ・・・ヒュウガ少佐?」
「お、名前覚えてくれたんだ〜」
卒業式後、配属通知の書類がきて始めて知った。
まさか私がこの人のベグライターになったなんて夢にも思わなかった人だった。
しかも私をブラックホークに入れてくれたことは分かっていたが、まさかこの人のベグライターになれるなんて・・・
絶対に内緒だけれど、入院中驚きと、嬉しさで何度配属書を眺めたことか。
「じ、上司の名前を知らないなんてあり得ないでしょう?
そもそも、何をしにいらっしゃったんですか!?」
「何ってお迎え?」
「お、お迎えって・・・」
簡単に言ってくれたその言葉に一瞬めまいがしそうになった。
此処はホーブルグ要塞内で私に割り当てられた下士官寮の部屋で、幹部であるこの人がくる所ではないし、しかも私の部屋の中だ。
扉閉めてないなんて不用心だよ〜なんて軽く言ってくれるが、こっちはどれだけ驚いたことか。
「そ、そんな上司にそんなこと・・・」
させられる筈などないではないか。
何でもない様にさらりと言ってのけるが相手は少佐官で私の直属の上司になる人だ。
私からお迎えに上がることはあっても迎えに来て貰うなど・・・
「まあまあ、一人じゃ入りにくいと思ってさ。
就任式、参加できなかったでしょ?」
「う゛・・・」
そうなのだ、私は無謀にもこの人に戦いを挑んでしまったあげく、身体の数箇所を骨折し全治一ヶ月もの入院を余儀なくされた。
当然、その期間にあった士官学校の卒業式や軍の入隊式、並びにベグライターの就任式に出ることができなかった。
なので周りの同期よりも半月も遅れて配属先に始めて顔を出すことになってしまった。
確かに引け目はあるが、ある意味自業自得なので仕方ないと思っているけれど・・・
「そ、それはそうですが・・・
けど・・・」
「コナツ、アヤたんのとこ一人でいける?」
「はい?」
まるで子供のお使いを心配する母親のような台詞だが、行く先の方が問題だ。
その二文字で誰か予想はつくけれど、出来れば外れていて欲しい。
しかし今から私は当にその人物がいる所に挨拶に行く所で・・・
「あの・・・そのアヤたん、と言うのは・・・」
「アヤたんはアヤナミ参謀長官のことだよ〜?」
決まってるじゃん☆とめちゃくちゃ軽いノリで返されてしまったが、ヤバいだろう。
あのアヤナミ様だぞ?
あの歳で幹部になったような凄い人だぞ?
バルスブルグ帝国軍内であの人にかなう軍師はいないだろうと言われる方だぞ?
フェアローレンの生まれ変わりとか言われるぐらいの黒法術の使い手だぞ?
まぁそれは実家の祖父の言い過ぎのような気もするが、とにかくこの軍でめちゃくちゃ有名な人をたん付け。
いいのかそんなんで・・・
「大丈夫大丈夫、俺とアヤたん仲良しだから☆」
恐ろしい呼び方に固まる私を気遣ったのかは知らないが、更に軽く言ってくれるヒュウガ少佐。
ま、まぁその呼び方は彼しか出来ないということで完結しておいた。
「そんなことよりほら。」
「え?」
「ちゃんとそれ、挿していきなよ。」
彼の指がさす先にある物。
私にとって宝物以上の価値がある物。
クローゼットに立掛けてあったそれを私の左腰に挿していた剣と目にも止まらぬ速さで差し替えられてしまった。
「似合う似合う」
「ちょ、これは・・・」
「使いたいんでしょ?」
「え?」
「その刀、使いたいんだったらいつも持ってなきゃね☆」
「刀・・・」
始めてその名前を知ったけれど、なんだか不思議な感じだった。
あの日、これでこの人に倒され、この人からもらったこの剣。
始めて見た瞬間、何故かとても心惹かれて、自分の中にあるしがらみを断ち切ってくれるのではないかと思ったそれ。
それをくれると言った時のこの人の意図は未だにわからないけれど、とても嬉しかった。
受けとって、抱きしめるように持ったその時は色々な感情が溢れて思わず涙がこぼれたのはきっと忘れられない。
けれど、私が使ってもいいのだろうか。
一度だけ恐る恐る鞘から刀身を抜いて触れたそれは今まで使っていた剣と違っていて、刃の付き方や手で握った時の感触など幼い頃から慣れ親しんだ剣とはかなり違っていた。
私にくれるとは言ったけれど正直、使う自信がない。
「明日から一緒に稽古かな?」
「え?」
「ちょっと使い方違うしさ。
ま、頑張り屋さんのコナツなら出来るでしょ?」
俺、厳しいけどね〜?
なんて笑うけれど、私はその言葉に涙が溢れそうになるのを堪えるのに必死だった。
この人は自分を、コナツを見てくれたのだと思って。
フェアローレン様に嫌われたできそこないでなく、今年の士官学校の主席でなく、私を見てくれたのだと。
始めて今までしてきた事が報われたのだとそう感じて。
「あれ?
嫌だった?」
なかなか返事をしない私を覗き込む少佐。
チラリと見えた紅い瞳には何故か楽しそうな光が宿っている。
あぁ、この人は本当に楽しいのだろう。
剣を持つことが。
己の力を磨くことができるのが。
あの時、自分では何をしたのかわからなかったけれど、気を失ってまで彼にくってかかったらしい私をこの人はとても嬉しそうに語っていた。
それにここまでおいで、そう言われているのだと気がついた。
そんなこと恐れ多いと思ったが少しだけ、ほんの少しだけ嬉しいと光栄だと思ってしまった。
きっと、あの時も似たような気持ちだったかもしれない。
負けたくないと、教官だと思っていた少佐に刃を向けた時と・・・
そんな自分に私は根っからの負けず嫌いだったかな?なんて問いかけてしまうぐらいに。
「いいえ、ありがとうございます。
これから精一杯頑張らせていただきます!」
私を見つけ出してくれた人に精一杯の敬礼を。
感謝と嬉しさといつか、この人と同じ所に立ってみたいという小さな思いを込めて。
「そうかそうか、頑張れ〜☆」
「・・・はいっ!」
「じゃあさっそく行こっか?
コナツ念願のブラックホークにさ。」
そう言って私を導く様に部屋を出て行く背中。
それについて一歩を踏み出す。
無事なんてとても言い難い事があって、なんとかブラックホークに入隊することは出来たけれど、これで終わりではない。
私は、これから始まるのだ。
今はまだこの人の後を追っているけれど、自分の道を歩いて行こう。
眩しい陽の光の中、それ以上に輝く道しるべを見つけた。
なんか当初考えてたネタより良い話になってしまった・・・(汗)
題してコナツ、前向きになる編。
本当はまだ続くんですが、ギャグ色が強くなるので分けてみました。
なんか折角の余韻を壊したくないカンジになってきたので(え!?)
後半はもちろんあの方が出てきますよ。
そしてやっぱり少佐とあの方の関係は変わりません(笑)
あ、コナツの入院期間やら入隊式云々は勝手な想像ですよ〜〜(2009/11/15 UP)