「カツラギ、この書類だが・・・」

「あぁ、でしたらこちらの書類を・・・」



イライラ。



「お茶をどうぞ、アヤナミ様。」

「あぁ。」

「いかがですか?」

「相変わらず美味いな。」



イライライライラ。












「もーー!!」

昼過ぎの休憩室。
クロユリのベグライターハルセ手製のお菓子とジュースを広げた参謀部のちびっこトリオ(ヒュウガ命名)の二人、クロユリとコナツはいきなり上がった叫びにお菓子をつまむ手を止めた。

「テイト?」

「いきなりどうしたのさ?」

この春、めでたく士官学校を卒業し、ブラックホークに配属された新入りのテイト=クライン。
元々そこまで活発なタイプでもないようだし、参謀部中では一番下ということもあって丁寧で大人しめの印象をもっていたクロユリとコナツは驚きを隠せない。
どうしたものかとテイトの様子を恐る恐る伺いつつも、テイトが始めて見せた激情に興味津々である。
そんな二人の注目の中、テイトは話題を切り出した。

「アヤナミ様のベグライターって俺ですよねっ!?」

「はぁテイト以外に誰がいるのさ?」

「何を今更・・・」

辛抱たまらん、といった声で告げられた内容にクロユリもコナツも呆れるしかなかった。
どうしてテイトは今更な質問をするのだろうかと本気で思ってしまう。
アヤナミ参謀長官のベグライターとなってもはや三ヶ月。
あのアヤナミの補佐役を三日以上こなしても今だ参謀部を辞めたいなどと言い出さない有望な新人ベグライター。
誰が見ても誰に聞いても今のホーブルグ要塞にテイト=クラインがアヤナミ参謀長官のベグライターではないと言う人間はいないだろう。
けれど当の本人といえば・・・

「でも・・・」

クロユリとコナツの反応が薄い事で少しうろたえたらしいテイトに先程の勢いは無くなったが、それでも気分は晴れないらしい。
しかしクロユリとコナツの回答がどうであれ、とりあえずテイトの疑問に思っていることを解決しなければ。
多忙を極めるアヤナミにようやくできたベグライターをこんな所で手放してなるものか。

「テイト、何か悩みがあるんだったら何でも言って。
 私でできることだったら協力するから。」

「テイトが言ってくれないと僕、気になって仕事できないよ・・・」

始めて出来た後輩が実はかなり嬉しいコナツはここぞとばかりにテイトの悩みを解決してあげようと詰めより、尊敬するアヤナミが絡んだテイトの悩みに興味津々なクロユリは大きな瞳でテイトを覗き込んできた。
そんな二人のある意味迫力の篭った視線に居心地の悪さを感じつつも、二人の圧力に負けてようやく重い口を開いた。

「・・・だって、アヤナミ様ってばいつもカツラギ大佐カツラギ大佐って。」

「はい?」

「カツラギ大佐?」

予想外の人物の名前がテイトの口から飛び出した事で事態は更なる混乱を見せた。
カツラギ大佐と言えばヒュウガ曰くブラックホークのお母さん(笑)と言う表現を否定出来ない程、参謀部全員の面倒をよく見てくれる人物である。
テイトもカツラギには着任時からずっと面倒を見て貰っていて、自分でもカツラギ大佐には本当に感謝しても足りないのだと言っているのを二人は知っている。
それなのにカツラギがとテイトは言う。
驚きを隠せない二人だが、とりあえずテイトが喋り出した事だし黙って続きを聞くことにする。

「アヤナミ様、わからないことがあったら直ぐにカツラギ大佐に聞くし、お茶も美味しいって褒めるし・・・」

「・・・そりゃカツラギ大佐の方が参謀部にいる時間は長いし?」

「・・・カツラギ大佐の気配りは素晴らしいですし?」

「うぅ・・・」

耐え切れなくなった二人は思わず当たり前の回答をしてしまう。
けれど、その当たり前はテイトだって分かっている。
分かっているから尚更・・・

「それが・・・」

嫌なんですと消えそうな声でテイトは告げた。

カツラギ大佐の気遣いは尊敬しても足りない程素晴らしいものだ。
けれどその素晴らしい心配りはテイトがやろう、と思っていることを常に先にやってしまうぐらいで。
テイトだって出来ない訳ではないし気がついていない訳でもないのだが、カツラギが先に気がついてやってしまうことでテイトは何もできないベグライターだと思われるのが嫌なのだ。
それを他でもないアヤナミの前で見せられてしまうと、嫌がおうでも自分がいなくても大丈夫なんじゃないかと凹んでしまう。
自分が来る前はカツラギがアヤナミのベグライターを兼ねていたと聞いているから尚更。

「どうせ俺は直ぐに答えられないし、書類も間違いが多いし、美味しいお茶も入れられないし・・・」

「いやいや、テイトは頑張ってるって!」

三ヶ月しか経っていないのに何を言っているのか。
そもそも嫌がらせの仕事が多いとはいえ、要塞中でも激務で有名なブラックホークで新人だというのにテイトはよくここまでやっているのだ。
これが他の部署ならもう一人前と言える程に十分な戦力である。
他の部署にやる気などコナツにはさらさら無いけれど。

「何言ってるの?
 テイトのお茶、美味しいじゃん!」

クロユリも違う観点からではあるが、テイトはなくてはならないのだと必死にテイトをなだめている。
味覚のほとんどないクロユリだが、食べる事は大好きで今のお気に入りはテイトのいれるコーヒーだ。
それにテイトはクロユリに優しくしてくれるし、クロユリはテイトが大好きだ。
辞められた事を想像して悲しくなったのか、片方の大きな瞳を潤ませながら必死にテイトの軍服を掴んでくる。

「でも・・・俺、アヤナミ様の力になれてる気が全然しないし・・・
 だから俺、いなくてもいいんじゃないかって・・・」

いやいや、そんな事は絶対にない。
そして例えアヤナミがテイトをいらないと言ったとしてもクロユリもコナツもテイトは参謀部に必要だと思っているから、必死にベグライター解任を阻止してやるつもりでいる。

「でも本当にベグライターがいらないならアヤナミ様がいらないって言うんじゃないかな?」

「え?」

「そうそう、アヤナミ様って分かりにくいけど嫌な物は嫌ってはっきり言う人だし。」

「そうなんですか?」

「「そうなんだって(よ)!!」」

テイトよりずっとアヤナミの事を知っている二人にこうもはっきり言い切られてしまえば信じるしかない。
ようやくでも、と言うのを止めたテイト。
しかしこれで話は無事にまとまった訳ではなかった。

「ていうか・・・テイト、アヤナミ様の事好きなの?」

「「えぇっ!?」」

カツラギがカツラギがと言うテイトだが、その裏に隠されている感情がある筈だ。
クロユリの言った事に驚き、うろたえ始めたテイトだが、コナツは最初は初めこそ驚いていたが、何か思うところがあったのか一人納得したような顔でクロユリに告げた。

「つまり、テイトはカツラギ大佐に嫉妬してる・・・」

「!?え、や、あのっ・・・」

嫉妬だなどと言われたテイトは益々あわてふためき何か言おうとするが、その言い訳こそクロユリの言った事が当たっていると証言してくれていた。

「ふぅん・・・」

これは面白くなってきたとクロユリは唇を吊り上げる。
アヤナミを取られるのはシャクだが、クロユリはテイトの事をかなり気に入っているのでそこまで悔しいとは思わなかった。

それにアヤナミの更に仲が深まってくれればテイトはずっと参謀部にいてくれるだろう。
アヤナミもいいベグライターを手放さなくていいし、テイトもアヤナミと仲良く慣れて嬉しいだろうし、何よりテイトがずっとブラックホークで一緒にいてくれて一石三鳥だ。
クロユリは全面的にテイトを応援する体制である。
カツラギも嫌いではないのだけれど、ちょっと先輩ぶってみたいクロユリには自分に悩みを持ち掛けてきてくれたテイトの肩を持ちたいのは当然だろう。

「テイト、大丈夫だよ、頑張って!」

「あ、ありがとうございます・・・」

何を頑張るかイマイチ分かっていないテイトだが、クロユリの期待に満ちた目から反らせる筈もなく、とりあえず頷いておいた。

「テイト、私も応援してるからね?
 大丈夫、テイトなら直ぐにアヤナミ様のお力になれるよ。」

「コナツ先輩・・・」

コナツも入りたての頃はヒュウガの足を引っ張ってはいないかと不安でしかたなかった。
今では直属の上司を上手く使っていると笑われるが、本当に自分は必要とされているのか不安な気持ちを誰よりも良く知っているからコナツも全身全霊でテイトを応援すると言う。
それにヒュウガといわゆるそういう仲になってしまったコナツには今のテイトのことが自分のことのように思えて仕方ないのだ。
これでテイトを応援しないていられるだろうか。

そんなコナツに手を握られてクロユリに軍服を引っ張っられて、二人に真剣な顔で頑張ってと言われてその真摯な思いは伝わったテイトだが・・

「えっと・・・
 とりあえず、何を頑張れば良いんですか?」

盛り上がる二人に申し訳なさそうにテイトが聞いた。
二人の特にクロユリの言った事はまだ理解できていないテイトだけれど、自分が頑張っていると思う事と二人の言う頑張ってとは何か違うのだけは分かった。
分からなければ何でも聞けばいい。ブラックホークに入ってから教えられ、日々実践しているのと同じように質問した所、

「そうだね、とりあえず・・・」

不安げなテイトのこれからの行動についてクロユリは自信満々に答えたのだった。












「あの、カツラギ大佐・・・」

「おや、テイト君どうしましたか?」

昼下がりの給湯室(とは名ばかりで、水周りや調理器具の完璧に整えたそこはもはやキッチンと呼ぶべきだろう)でお茶を入れていたところ、自分を呼ぶ声に振り向いたカツラギ。
そこにいたのは三ヶ月程前から上司につくことになった新人のベグライター。
この参謀部の激務に耐えてきた逸材だけあって、真面目で仕事にも真剣に取り組むいい子がきてくれてよかったとカツラギは常テイトに対して々思っていた。

しかし何かテイトの様子がおかしい。
体調が悪い様ではないし、今は書類仕事も一段落しているから質問の類でもないようだ。
今日も仕事を頑張ってお腹が空いているのかもしれないのと思い、おやつの時間ならもう少しまって下さいね、と冗談めかして笑ってみたのだけれどテイトの様子は変わらない。
さて、どうしたものか・・・

「カツラギ大佐・・・」

「はい?」

ようやく口を開いたテイトが名前を呼んだので、とりあえず返事をしてみた。
そして何を言うのだろうかと思っていると・・・

「大佐っ!
 俺、大佐に負けませんから!
 立派なアヤナミ様のベグライターになってやりますからっ!!」

それだけ言うと顔を真っ赤にしてパタパタと去ってゆくテイト。
そんな小さな後ろ姿をしばらく呆然と見つめてしまったが、思い当たる節とテイトの態度で彼が何を言いたかったのか分かってしまった。
そうか、彼も・・・そう思うと何故か口角が上がっていた。





「どうした?」

お茶とお菓子を持って訪れた参謀長官の執務室の主であるアヤナミ参謀長官にまでそんないつもより幾分か楽しげな雰囲気のカツラギが珍しいと思い声をかけられたぐらいに。

「あぁ、アヤナミ様。
 いえ、若いっていいなぁっと思っただけですよ。」

テイトの負けん気を思い出しながらそう答える。

「でも、負けてあげる訳にはいきませんね。」

そのテイトの幼い真っ直ぐさに好感を覚えるが、けれど負けてやるつもりなどない。
アヤナミの為に、という気持ちはどんな人物よりも強いと思っているから尚更に・・・

「ねぇ、アヤナミ様?」

「?」

ねぇ、と言われてもアヤナミは少し眉を寄せただけで直ぐにカツラギを見つめていた薄紫色の瞳を手にしていた書類に戻してしまった。
そんなカツラギの考えなど全くもって分からないという表情の参謀長官にくすり、と笑うとカツラギは己が持つ魅力に無頓着な上司の為にお茶をいれるのだった。









その頃、休憩室で待っていたクロユリに報告に来たテイトは・・・

「クロユリ中佐とりあえずカツラギ大佐に負けませんって言ってきました。」

「じゃあ次はアヤナミ様に大好きって言うんだよ!」

「えぇっ!?」

今までで一番顔を真っ赤にして固まってしまうのであった。





事態が動くのはどうやらもう少し先の様だ。



















カツラギ大佐祭り二作目・・・だった筈なのですが・・・

クロユリ様が黒いです。
真っ黒です。

カツラギ大佐祭の割に最後しか出てなくてすみません。
でもアヤナミ様争奪戦に入ってくるテイトちゃんを書きたかったら、なんでかクロユリ様が暴走しておりました。
おかしい、もっといけいけ攻め攻めテイトちゃんを書くつもりだったのに・・・

いつの間にか霧立の中ではカツラギさんとクロユリ様は参謀部の二強になってます(汗)
・・・もうカツラギさん祭よりブラックホーク祭というかアヤナミ様争奪戦祭な気がしてきた(爆)(2010/10/19 UP)