言葉は嘘吐きだ。
コナツがそのことを知ったのは、ヒュウガのベグライターに着任してからだった。
ヒュウガの言葉は色んな側面があって、言葉通り、額面通りに受け取ってしまえば、何処かで必ず足を掬われる。
良くも悪くも、他者との交わりが少ない幼年期を過ごしたコナツにとって、ヒュウガが零す言葉の「正しい意味」を読み取るには相当の時間と努力が必要だった。それ程に、ヒュウガの言葉は読み取りにくく、同時に誤解されやすい。
「少佐は、ほとんど嘘を吐かれませんよね」
今日も大量に届いた書類を片っ端から処理しながら、コナツは隣のデスクで珍しく大人しく書類と睨めっこをしている上司に、ふと声を掛けた。
深い意味は無い。
強いて言うなら、ただ単調すぎる時間に飽いてしまった、といったところだろう。遠回しな甘えを見せたコナツに、ヒュウガは書類に向けていた視線を上げた。
鼻梁に留まるサングラス越しに、ヒュウガの赤い双眸がコナツを射る。
自分に向けられる視線に気付きながらも、コナツはペンを握る手を止めず、顔も上げなかった。ヒュウガに咎められない確信と自信が、コナツの中にあったからだ。
「そうかな? あんまり意識してないけど …… それがどーかした? コナツ」
訝しむというより、楽しんでいると言うべきだろう。
コナツを見詰めるヒュウガの双眸には、今の状況を楽しむような優しい光が宿っている。
「…… いえ。ただ、何となく」
いつもなら許されないだろう、職務中の他愛ない雑談。けれどもコナツを咎める声は、誰も発さない。
ヒュウガが咎めない以上、コナツを咎める上官が今の執務室には一人も居ないのだ。
「テイぽんのこと、聞いたんだ」
「…… はい」
ふと流れる沈黙は、けれどコナツを責めるものではない。
それが証拠に、ヒュウガが零した嘆息は呆れめいたものであった。ヒュウガが何に呆れているのかなんて、今のコナツには関係ない。
「落ち込んでいましたよ、テイト君」
「だって、コナツ君の相手だけで、いっぱいいっぱいなんだも〜ん♪」
「それこそ、笑えませんよ。ヒュウガ少佐」
今更ながら、クロユリが居なくて良かったとコナツは思った。
自分と同じく、クロユリもテイトのことを気に入っているのだ。ヒュウガがテイトの申し出を断ったと知れば、何らかの報復を考えていたかも知れない。
…… もっとも。
その場合、それとなくカツラギがクロユリを宥め賺して、何とか誤魔化してくれるかも知れないが、過度の期待は、何かと忙しい「ブラックホークの母」に向ける訳にいかない。
カツラギは、有能な分だけ人一倍忙しいのだから。
「そんなこと言われても、ホントのことだしぃ〜」
間延びした声で反論するヒュウガに、コナツが浮かべたのは微苦笑だ。元より咎める気のない言葉と気付いているのもあって、コナツの冷ややかな視線に対しても、ヒュウガはちっとも悪びれた様子を見せない。
冗談めかして肩を竦めるヒュウガに、コナツは呆れともつかない溜め息を零した。
「でも、テイト君にはちゃんと伝わってませんよ。たぶん」
現に、テイトはひどく落ち込んでいた。
アヤナミに相応しいベグライターになりたいのだ、と躊躇いもなく宣言したテイトを知っているだけに、コナツの心中は至って複雑極まりない。
ヒュウガの思惑も、気付いているから尚のこと。額面通りに受け取ってはいけない拒絶の言葉を、テイトが素直に受け取ってしまったのがそもそもの間違いなのだが、きっとその辺りのフォローは自分よりアヤナミが適任だろう。自分と同じく、ただならぬ仲に発展しているアヤナミとテイトの関係を知っているが故に、コナツの心中はますます複雑になる。
「その辺りは、優秀な先輩がフォローしてくれたんでしょ?」
そんなコナツの葛藤を知っているだろうに、ヒュウガの笑みは楽しげで、懲りることを知らない。
あくまでスタイルであり、仮面の一端であると解っていても、コナツは溢れる溜め息を止められなかった。すかさずヒュウガが「しあわせが逃げるよ〜」と茶化してくるが、視線すら逸らして無視を決め込む。
誰の所為ですか。
…… と。
唇の動きだけで呟いたのに、ヒュウガは几帳面に読み取ってくれたのだろう。
「俺の為、でしょ? コナツ君」
いつの間に、自分のデスクから立ち上がったのか。
コナツのデスクを挟んで向かい合わせに立つヒュウガに、コナツは思わず息を飲んだ。
ヒュウガの顔が、近い。
「…… う、自惚れすぎです」
「そ〜かなぁ?」
「そ、そうですっ!」
「ふ〜ん …… そーなんだ」
逃げるように顔を背けようとするが、緩い弧を描く対の紅玉に射貫かれたコナツは動けない。
動きたくない、と同じ意味で動きを封じられてしまうのだ。
ヒュウガの目がコナツから逸らされるまでは、視線が向けられるだけで、コナツの身体から本来のしなやかな動きが奪われ、心拍数が倍近くまで跳ね上がる。ヒュウガらしい優しくも残酷な束縛を、けれどもコナツは嫌だと感じたことが一度もない。
見抜いているからこそ、ヒュウガはコナツの傍に寄ったのだろう。しかしコナツにしてみれば、最早そんなことはどうでも良い。
唇を塞がれるのも、身体を重ねるのも嫌いではないが、この触れそうで触れない距離をヒュウガと保つ瞬間も、コナツは決して嫌いではなかった。甘く痺れる感覚が、麻薬のような常習性を秘めてコナツの感覚を捉えるのだ。逃れられるはずがない。
「テイト君は仕方ないにしても、私の稽古は、ちゃんと視て下さいね。少佐」
肉食の獣を彷彿とさせるヒュウガの視線に、コナツは目を合わさないまま言葉を紡いだ。
怖いのではい。
無為に流されることだけが、恐ろしい。
感じていたから、コナツは笑みを浮かべるヒュウガの顔を、正面から見返すことが出来なくなっていた。
「勿論☆ コナツ君なら、大歓迎だよ♪」
…… とはいえ。
カツラギやクロユリは疎か、アヤナミすら居ない執務室でこれ以上無為に時間を潰す訳にはいかない。
おちゃらけた風を装いながらも、常に頭の何処かが冷静なヒュウガがコナツのデスクから踵を返し、自分のデスクへ戻っていった。
その時に、ヒュウガの足音など一切聞こえない。
動いている気配すら、コナツには感じられないのだ。
滅多なことでは揺るがないヒュウガの背中を、何の気無しに見送っていたコナツの口元に、自然な笑みが広がる。予想通りの返答だったが、素直にうれしいと感じてしまうのばかりは止められない。
「ありがとうございます。ヒュウガ少佐」
テイトの稽古を断ったのは、自分と違い、テイトにとって直属の上司がヒュウガではなくアヤナミだからだ。
アヤナミの剣や体術は、ヒュウガに及ぶところではない。
けれども立場上、テイトはヒュウガではなくアヤナミに指示を請うべきなのだ。守り、守られたいと願う恋人だからではなく、軍人だからという下らない理由が前提と付くからこそ、その序列は遵守しなければならない「しがらみ」だ。だからこそ、滅多なことでは咎めることすらしないだろうヒュウガが、テイトの行動を遠回しに諫めたのだろう。
しかし問題は、ヒュウガがテイトを諫めた時の言葉だ。
コナツを相手にしている調子で、うっかり口にしてしまったのか。つい普段通り素直じゃない捻くれた言葉を使ったヒュウガは、額面通り受け取ってしまうテイトには理解してもらえないばかりか、挙げ句の果てに落ち込ませてしまったのだ。アヤナミの鞭が、密かにヒュウガへ向けられたのは言うまでもない。
しかし実際は、それだけの話なのだ。
「じゃ、もう一頑張りしようか」
「逃げないで下さいね、少佐」
「はーいはいはい」
テイトには悪いが、ヒュウガの物言いは一朝一夕で直るような単純なモノではない。
短くも長くも無い経験から、奇しくも身をもって学び取ってしまっているコナツにしてみれば、テイトにはもはや「慣れろ」としかアドバイスしようがない。先輩としては非常に申し訳ないのだが、それ以外に対処法が無いだけにそれ以上のフォローが出来ないのだ。
諦めと言うよりは、もはや悟りに近いだろう。
名状しがたい苦さを抱きながら、コナツは気のない返事を返したヒュウガに肩を竦めた。ついでにサインを書き終えた書類を、決裁済みの山に重ねた。
未処理の山は、確実に低くなっている。
この調子で処理が進めば、恐らくハルセの見舞いを終えたクロユリが戻る頃には、今自分のデスクにのっている書類の半分は片付いているだろう。そう予想をつけた辺りで、コナツはふと窓の向こうへ視線を向けた。
強化硝子がはめ込まれた窓の向こうには、天雫をたっぷり溜め込んだドス黒い雨雲が、幾重にも浮かんでいる。きっと、さして間を開けず降り出すに違いない。
「他の人にはどんなこと言っても構いませんけど、私にだけは、嘘吐かないで下さいね。少佐」
ヒュウガの顔ではなく、真っ黒な雲を見上げたままコナツがささやくように告げる。
希うように紡がれた願いは、しかしヒュウガの耳に届くより先に、コナツの指から滑り落ちたペンが床を叩く音に紛れたのだろう。終ぞヒュウガからの返事を得られないまま、執務室に呆気なく消えていった。
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素直じゃないヒュウガさんとコナツさん。
微妙にヒュウコナ+アヤテイなんですが……もちっと、ラブくした方が良いッスか?
花藺 (はない)の花言葉:信じて疑わない
たしかこれを頂いたのは6月だったと思う(え!?)
もらったその場でアップしてもいい?って聞いて了承ももらってました。
すみません遅くなりましたーー(スライディング土下座)
いつもありがとうございますーーー!!!!
ラブは十分ですvv
もうヒュウコナ読めただけで俺幸せ、超嬉しいですvv
一人読んでうはうはしてたらいかんのでありがたくもアップさせて頂きました。
うふふなお話ありがとうございますvv
お礼になりそうになるかわかりませんがま、またいろいろ頑張ります
カツラギさんとかカツラギさんとか・・・
ほんと、ありがとうございました〜〜(2010/9/20 UP)