未だ暑さは残るが、暦の上では秋を迎えたある日のこと。
本日も相変わらず山のように積み上げられた書類を裁く己の上司はうだるような暑さにも関わらず、汗ひとつかかずに涼しげな顔で黙々と処理をすませてゆく。
そんな直属の上司の前を見ながら暑さに耐えつつ仕事をこなすテイト。
けれど彼の思考は今一つのものに引きずられていた。



ぷーん



小さい、けれど耳に残って嫌悪感が込み上げてくるその羽音。
つい先程テイトの耳元をその羽音が通り過ぎた瞬間からずっと、テイトの思考はそれに支配されっぱなしだ。

それは夏の風物詩と言ってしまえば風情があるかもしれないが、それ以上に気づかぬうちにそれに噛まれた跡は嫌な痒みと腫れに苛まれ、ともすれば他の作業にまで影響を及ぼしかねない危険があった。
それを防ぐには元凶であるそれを潰してしまうのが一番安心できる策である。
そう思い、先程からそれを潰す機会を伺っているのだが、小さくい見た目に反して結構な飛翔能力を有するそれを潰すのはなかなかに難しい。
しかし一度見失うといつまた現れるまで仕事が手につかない為、確実に仕留めなければ。
そう思いながら一撃で潰せるタイミングを計りながら、それの動きを凝視していたのだが・・・

「あ。」

どこかに止まってくれたら飛んでる時よりも確実に潰せるのに、と思ったのが悪かったのか。
あろうことか、それは己が仕える上司の首筋に止まり・・・



ぱちん



「!?」

不敬にあたるかもしれないが、チャンスはチャンス。
このまま行くと上司に当たると分かっていたのだが、それにやられた時の不快感には勝てなかった。
ついつい振り上げてしまった手の平は狙い通り、不躾なそれに直撃し、撃退することができたようだ。
開いて見た手の平に滲んだのはそれが潰された残骸と、赤い赤い血の色。
惜しくもそれは叩き潰されるより先に上司の首筋から己の糧を吸ってしまっていたらしい。
それを見てしまった時に覚えたのは人が噛まれたのになんだか自分がむず痒くなってしまった感覚と・・・

「あ、ちゃんと赤いんだ・・・」

手の平に滲む赤い血の色に冷血だとか、血も涙も無いと言われ恐れられている上司にもちゃんと赤い血が通っていたのだと思ってしまった。

(まぁちゃんと体温はあったもんな・・・)

上司と初めて肌を触れ合わせた時の感覚を思い出し、かあっと顔が暑くなる。
しかしそのほてりは直ぐに冷めることになる・・・

「テイト=クライン。」

「えっ!?」

低く、落ち着いた音程に名を呼ばれ、はたと我に返る。
そうだ、軽くとはいえいきなり上官を叩いてしまったのだ。
謝らなければ、今すぐに謝らなければ。

「あ、あのっ、すみません・・・
 蚊が止まってて・・・」

「それは別に良い。
 その後だ。」

「え、えぇっとぉ・・・」

叩いた後?
一瞬恥ずかしい事を考えてしまったが、上司の態度を見る限りそのことではない気がするとこの上官のベグライターをやっている勘が告げている。
そんな時はこの上司はこんな声は出さないと。
と、なれば・・・

「私の血は赤いらしいな?」

「!?」

心の中で思っていただけの筈なのに驚きのあまりそれを声に出してしまっていたらしい。
やばい、先程も思ったが声からひしひしと恐ろしさが伝わってくる。

「お前にまでそんな事を思われていたとはな・・・」

「いえっあのっ違っ・・・」

残念だなどと言う割にその表情はまったくもって残念そうには見えない。
むしろこれから始まる事が楽しくて仕方ないと言っているような・・・
冷や汗がだらだら流れ落ち、全身から血の気が引いてゆく。
今の体温はきっと目の前で美しく、しかし冷酷に微笑む上司のそれより低いかもしれない。

「身体に教えてやらねばな・・・」

にやり、とわらう上司は冷酷にけれど壮絶に美しくも見える。
けれど今はそんな事を思っている場合ではなく。

「ご、ごめんなさいー!!」

「許さぬ。」

必死の謝罪も虚しく、仕事が終わった瞬間、逃げる間もなく連れ去られたテイトは文字通り上司の体温を身体に教え込まれてしまったのだった。










そして翌日・・・

「あれ、テイト君虫刺されー?」

「あっ、あのそれは・・・」

テイトの首筋に散らばる赤い跡を見るなりそう指を指してきたヒュウガ。
本当の事など言える筈もなく、なんと言い訳をしようか挙動不審になってしまうテイトににこりと笑ったヒュウガは・・・

「おっきな蚊にも大変だねv」

「っ!?」

そんなヒュウガのからかいに沸騰しそうなほど顔を暑くさせ、もう二度とあの上司の前で蚊なんか潰すものか。
そんな変な誓いを固く立てるのだった。

















9月中には出そうと思ってたネタ。
だってぎりぎりこいつの時期だろ?

ぶっちゃけブログに挙げるつもりがなんか長くなったのでこっちに挙げてみました。
しかしちゃんとページ作るようなネタなのか未だ疑問(え!?)

なんかオフ会でもらった萌とかどこ行ったのなんてつっこまれそうな今回のネタでした〜〜
オフ会後の作品アップがいきなり蚊にかまれるアヤたんネタとかどうなのよね、ほんと・・・(2010/9/20 UP)