状況は思っていた以上に最悪だった。

リビドザイルを降りた瞬間から目の前に広がる死体の山。
軍に所属していたであろう者もテロリストだった者も重なりあうようにして崩れ落ちて、誰にも振り向かれずに捨て置かれている。
双方に甚大な被害が出ていることは誰の目から見ても明らかなのに、双方どちらも引く様子は無く、どちらか片方が全滅するまでこの争いは終わらない。

どうしてこんなことをするのだろう・・・

武力に訴えることしかしない軍と、祖国の誇りの為に命を賭して向かってくる小国の生き残りたち。
人の命を消耗品としか思っていない軍は嫌いだ。
しかしその軍に勝ち目の無い戦いを挑み、命を落としていく者たちを見ているとテイトは心が痛くなってくる。
そんな命を捨てるようなマネをしないでくれ・・・と。
彼らは悪くない、悪いのは侵略同然に彼らの国を俗国とした帝国だ。
帝国はテイトのように亡国の人を捕まえて奴隷としてこき使っているし、テイトも彼らに逆らえずしたくもない人殺しを繰り返してきた。
死にたい、このまま終わりたい、何度思ったか知れない。

けれどテイトは唯一無二の親友と出会えた。
生きていて、ミカゲに会えた事でテイトは再び生きていたいと思った。
大切な人を悲しませたくないから生きていられる、どんな所に行っても生きて戻ってきたいと思える。

彼らにそういた人たちはいなかったのだろうか?
大切な人がいなくなるのは辛い・・・
置いていかれるのは、ずっと辛い・・・

「ミカゲのところに帰りたい・・・」

あの士官学校でミカゲがテイトをおかえりと迎えてくれた日からこれまで、それを胸にテイトは戦場で戦ってきたけれど・・・今回は無理かも知れない。
わき腹から流れる血がテイトの身体から生きる力を奪っていく。
痛みは生きている証拠だというが、これは神経もやられているかも知れない。
すでに痛い、という感覚はテイトにとって他人事のように思ってしまうぐらいにテイトの意識は薄れていた。
けれど目の前に広がる空だけがテイトのぼやけた視界の中、鮮烈に写っていた。

この大地は血に汚れているけれど、空はとても青く澄んでいて綺麗だった。

この色を瞳に焼き付けてもう目を閉じてしまおうか・・・
ミカゲには悪いけれどそう思った瞬間、テイトの視界を埋め尽くす黒い影が現れた。
一瞬、目を閉じてしまったのかと思ったが、テイトの頬に当たる強い風にその影が大型の飛行艇であることが分かる。
帝国軍からの増援だろうか?だったらもう早く終わらせてくれたらいい。
もう誰かが死ぬところなんて見たくなかったし、誰も殺したくなかった。
楽になりたい・・・そう思い始めていた時・・・




「無様だな、テイト=クライン」

「!?」

脳髄にまで響き渡ってくるような声がテイトの耳朶を震わせる。
感情の見えない、けれどその声が発せられると誰もが聴かざるを得ない、まるで暗闇の中から響き渡ってくるようなその声の主をテイトは知っていた。

「アヤナミ・・・参謀長官。」

「このような所で朽ち果てるのか?」

コツコツ、声とともに近寄る足音はテイトの正面でその音を止めた。
強い風にあおられているが戦場に似つかわしくない汚れ一つ見当たらない軍服を一部の隙もなく着こなしたマネキンのような美貌を持ったかの人の冷え冷えとした瞳がテイトを見下ろしてくる。
感情の読み取れないそのアメジストは底が知れない水面みたいで、心の中すべてを見透かされそうでテイトは苦手だった。
その瞳に見つめられるとテイトの中のぐちゃぐちゃしたものを嫌でも見せ付けられそうで。
テイトが嫌いなテイトがそこに写っているような気がしていた。
だから逃げていたのだ、楽な方へ、誰かに指示されて何も考えなくても良い方へ。
しかし指先一本動かす力すらもう残っていなくて、彼から目を背けることが出来ない。

「ヒュウガが前もって忠告してやったものを・・・」

薄く形の良い唇からあの全てを押し込めてしまうような声が再び紡がれた。
相変わらず感情は読み取れないが、今のテイトには嘲笑にしか聞こえない言葉。

「忠告って・・・」

ふとあの日サングラスの少佐が言っていたことが思い浮かぶ。
いずれ、この戦場にはブラックホークが投入されるだろうと・・・そしてテイトのような戦闘奴隷が到底上げられない戦果をもたらすだろうと。
そうなる前にブラックホークに入ってしまえば楽だろうと。
確かに、この泥沼をどうにかするには黒法術で一掃してしまうのが得策かもしれない。
でも・・・

「殺すんだろう?」

ブラックホーク、帝国の最強にして最凶部隊。
彼らが戦場に投入される意味は・・・

「みんな・・・殺すんだろう?」

噂でしか聞いたことはないけれど、全てを飲み込んでしまう黒法術は逃げ遅れた味方すらも巻き込む強大なちからだとういう。
事実、怪我などで捨て置かれて逃げ遅れた兵は帰ってこないと言われている。
そんな力を振るわれた反乱を企てた者たちが逃げられる訳がない。
テイトはその力を前に何も言わないなどできなかった。
その相手が参謀長官という高位の上官であっても・・・

「どの道、奴らは反乱を企てた罪で裁かれる・・・
 ならば、苦しまないようにしてやるだけだ・・・」

「!?」

冷たい声は告げる。
生きて捕らえても無駄だということ・・・
彼らの未来は結局閉ざされれしまうのだということ・・・

そうだ、あの軍が彼らのやったことを許してくれるとは到底思えない。
自分が殺さなくてもいずれ誰かが彼らの命を絶ってしまう。
助けられる力なんて無いテイトのやっている事は綺麗事でしかない。
自分の目の前で亡くなる人を見たくないだけのわがままだ。

「でも、生きていて欲しいと思うのは悪いことなのか?」

彼らにもテイトにとってのミカゲのような存在がいるかもしれない。
そう思うとテイトの持つ刃は輝きが鈍くなり、一撃で人を殺められなくなってしまった。
その結果がテイトが負った傷で、痛みだった。
アヤナミとの会話の間も途絶えることなくどくどくと流れてゆく血液で意識が朦朧としてきた。
そのせいで言葉使いとか上官に言うべきことではないことを口走ってしまっていたが、もうテイトには参謀長官のみならず参謀部の佐官にまで不敬罪に値する数々の暴言や行動を取ってきてしまっているので今更かと思った。

「俺は・・・もう嫌なんだ・・・」

自分にこれ以上の幸せは望んではいけないけれど、人の幸せを奪いたくない。

「もう、こんなことしたくないんだ・・・」

ミカゲには悪いことをするだろう。
でももう、生きて帰る約束は果たせそうにない。
望むならあまり悲しまないで欲しい。
こんな戦闘奴隷に尊い彼の涙は勿体なさ過ぎるから・・・
けれど・・・

「死にたく・・・ないなぁ・・・」

重たくなる瞼と遠くなる意識の中感じた浮遊感と誰か人の温もりに身を委ねてテイトは瞳を閉じていった。









「・・・ここは。」

意識に促されて開いた瞼、ぼんやりした視界は一面の白だけしか浮かばない。
いわゆる天国、というものなのだろうか?
生まれる前に天界の長交わした約束を終えると天に戻るというが、テイトはその約束を果たせたのだろうか?
しかしテイトは意に染まぬとはいえ何人もの人の命を奪ってきたからとても天に戻れはしないだろう。
ということは今からその審判が下される身なのかも知れない。
ぼんやりとだが、意識はあるものの身体の感覚がさっぱりだからきっとそうなのだろう。
だったらもう一度瞳を閉じるか、そう思った時テイトの視界に影が指した。

「あ、起きてた。」

「え?」

「あ、ほんとだ。
 おはよ〜テイト君☆」

「えぇ!?」

一瞬、死神の使いがテイトを迎えに来たのかと思った。
だって髑髏の髪飾りをつけた顔と黒いサングラスで瞳を隠した顔がテイトを覗き込んでいたのだから。
しかしよくよく見れば彼らの顔をテイトはとてもとてもよく知っていた。
テイト自身は知りたくも無かった顔なのであるが、見覚えのある彼らの顔のせいでテイトは自分の命がまだこの世界に残ることが出来たのだと理解した。

「クロユリ様、絶対安静ですよ。」

「少佐、先に仕事してください。」

あぁこれはもう死神の使いなんかじゃないな。
テイトを覗き込んできた二人をたしなめにきた二人の顔もテイトは知っているのだから。

「ぶ、ブラックホーク・・・?」

いや、ある意味テイトにとっては死神の使いかもしれない。
その死神こと彼らの上官のせいでテイトはここ最近生きた心地のしない日々を送らされてきたのだから。

「な、なんで此処に・・・」

「なんで此処にはこっちのセリフなんだけどなぁ・・・」

搾り出すように紡いだ声は彼が持つ刀で切られた様にさっくりと一刀両断されてしまった。
だって、だって・・・

「だってテイト君を連れて帰ってきたのはアヤたんだからね☆
 しかもお姫様抱っこで。」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?
 っ・・・・・・。」
知りたくなかった事実を知らされ、思わず叫んでしまったテイトは体力を使い果たしてしまい再び意識を手放してしまったのだった。

















戦闘シーンぶった切ったらとてつもなく短くなった10話です。
予定通りアヤたん出たけどやっぱり喋らなくて長くならない10話です。
こんな短いのになかなかの難産で困りました。
一応こっからストーリーが動く予定なんですが・・・
さてさて、アヤたんに拾われてしまったテイト君はどーなることやら。
連載中で一番の雰囲気小説回になってしまいましたが、頑張って進めたいと思います。
次もアヤたんは出る予定・・・予定?(2012/8/1 UP)