眩しい朝日が差し込み、チュンチュンという可愛らしい雀の鳴き声が聞こえてくるすがすがしい朝。
けれどホーブルグ要塞に勤める下士官寮の一室ではどんよりとした空気が漂っていた。
「うわ・・・もう朝か・・・」
今年士官学校を卒業し、軍人となったばかりのテイト=クラインは疲れ果ててうんざりした声で今日はきちんと鳴ってくれた目覚まし時計の針を睨むように眺めた。
昨日のショックがまだ頭から離れなくてろくに睡眠を取れていないのだ。
それはそうだろう、昨日テイトに声をかけた相手が若くして最高幹部の中に名を連ねるアヤナミ参謀長官だったのだ。
頭がぐちゃぐちゃになって思わず逃げるようにその時はその場を去ってしまったけれど、後から思えば上官の前で取る態度ではない。
不敬罪に問われても仕方ない事をしたと後になってひしひしと思い出して自己嫌悪に陥ってしまう。
しかし昨日あんなことがあったからと言って仕事を休める筈もない。
寝不足でダルい身体を何とか起こして着替えをし、配属されて以来歩き慣れた部署までの廊下を歩いていたのだが・・・
(な、何でいるんだよ?)
テイトの所属する部署の前にいた一人の人物を見つけた瞬間、とっさに身を隠すように曲がり角の影に隠れた。
細身サングラスをかけ、軍から支給されたものではない剣を二振り腰に指した佐官。
一見軽い雰囲気をまとってはいるが、常に周りを伺っているようで一切の隙が見えない彼は棒付きの飴をくわえて壁によりかかり誰かを待っている様子が伺える。
その人物にテイトは見覚えがあった。
思い出したくもない、昨日書類を届ける筈の参謀部にいた人物。
確か扉を開けたアヤナミの後ろにちらりと見えた幹部の一人で、アヤナミの前で固まるテイトに驚きながらも楽しそうに寄ってきていたのを視界の隅に捉えた筈だ。
(もしかしなくても昨日の事と関係がある筈だよな・・・)
そう思うが、しかしこちらから出て行くなんてわざわざ死刑を受けに行くようなもの。
とにかく居なくなってくれるまで待つしかないと早く帰ってくれと祈りながら必死に隠れ続けるテイトであった。
(ありゃりゃ。
警戒されちゃったねぇ・・・)
しかし必死に隠れるテイトには悪いがヒュウガにはバレバレであった。
ひょうひょうとしているような見せかけと裏腹に剣の達人で、人の気配に聡い彼に軍に入ったばかりのひよっこの気配が分からない筈がなかった。
(でもかなり早く気がついたみたいだし十分合格かな?)
あのアヤナミが自分からベグライターにしても良いと言った下士官だ。
どんな者かと見学に来てみたが、なかなかのようだ。
昨日アヤナミを前に自失呆然としていた様だが、ちゃんと周りは見えていたらしい。
ヒュウガの存在を認識した瞬間、物陰に隠れて気配を隠し、こちらの様子を伺っている所からも昨日直ぐにアヤナミの傍に寄って行ったヒュウガに気がついていたようだ。
(ま、最初からあんまりいじめるのも可哀想だしこれで引き上げますか・・・)
始業五分前を告げるベルが鳴ったことだし、テイトが隠れている曲がり角の向こうに意味深な笑みを向けて去ってゆく。
「テイト=クラインか・・・
楽しそうな子だね。」
昨日アヤナミの前から逃げ帰った(書類はちゃんとアヤナミの手に押し付けていたらしい)一人の下士官。
あのアヤナミがベグライターにならないかなんて言った少年兵を見に来て損はなかったと笑う。
人一倍厳しいアヤナミのお眼鏡に叶う士官などいる筈がないと思っていたが、あんなしょうもない部署にたなんてなんて勿体無いのか。
今年の卒業の出来はあまりよろしくないと言われていたが、昨日カツラギが軽く調べてきた所によるとテイト=クラインは特別過程に所属していたらしいし、実戦授業は免除されていたらしいと言うことはかなりの人物だったことが伺える。
それにどうやら士官学校の馬鹿どもは今の元帥の息子の顔を立てていたようだ。
軍部内では名門の家柄ではあるが、密かにオーク家きっての馬鹿息子などと影で有名である。
しかし家柄と父親の権利から今年の名目上での主席卒業は件の馬鹿息子で、その影にはテイト=クラインの様に優秀な生徒が隠れているのが良く分かった。
「まったく、今度切りに行ってもいいかなぁ?」
そんな物騒なことを言いつつも、予想以上の見つけ物に顔が綻ぶのが分かる。
これは是非ともアヤナミのベグライターになって貰いたいものだ。
「これから勝負だね☆」
アヤナミ含めブラックホーク中が欲しがる参謀長官のベグライター争奪戦。
いや、これは鬼ごっこと言った方が適切か。
そうヒュウガが楽しそうにそうつぶやいた。
そういえばクロユリも見に行きたいとごねていたのだが、ヒュウガ以上に目立つ外見の為、ぶーぶー言いながらも諦めていたとふと思い出す。
しかしヒュウガもヒュウガでテイトを待っている間、彼の所属している部署の中にいた人間にかなりのプレッシャーを与えていたのをまったく気にせずにこの時は軽い足取りで参謀部に帰ってゆくのだった。
(また居るのかよっ!!)
参謀長官事件(ミカゲ命名、ちなみにこの事を話した時は多いに爆笑してくれた)の翌日から連日のようにテイトの部署の前に張り込むサングラスの軍人。
部署の人が迷惑だとか何か言ってくれるのではないかと淡い期待を抱いていたものの、相手はあのアヤナミ参謀直属部隊の幹部とあればテイトの期待は脆く崩れ落ちていった。
しかし始業時間前になると決まって去ってゆく為、その間だけ我慢すれば良いのだけれど、この均衡がいつ破られ向こうが行動を起こすか分からない。
ヒヤヒヤしつつも今日もなんとか始業時間が始まる前には帰ってくれたのでほっとしたが、そろそろ向こうも焦れてくる頃だろう。
とてつもなく憂鬱な気分になりながら、今日も仕事を始めたテイトだった。
「お前、変な人につきまとわれてるのな。
ある意味凄げーぜ?」
昼休みの食堂でそんな胃の痛くなりそうなテイトの悩みを一言で片付けてくれた親友に少し殺意の篭った目線を投げ掛けてしまった。
それにごめんごめんと謝るミカゲだが、正直な所本当に面倒な相手だとは思う。
広報部に所属するミカゲは先輩に付いて色々な部署を渡りあるいているため情報が多く、テイトの言うストーカー軍人もすぐ心当たりが付いた。
「それは多分ヒュウガ少佐だな。」
「ヒュウガ少佐?」
ヒュウガ少佐、参謀長官の懐刀と黙されている人物だが、サボり魔としても有名でよく城塞内をウロウロしては自身のベグライターに連れて帰られていると言うような人物だ。
畏怖や好奇の視線を向けられるものの、何かと謎の多いブラックホーク内では一番姿を見る事が多い人物でもあるのだが・・・
「でもお前、本当に興味無いんだな。」
ブラックホークの幹部勢はアヤナミ参謀長官を含めて要塞内ではかなりの有名人ばかりなのだ。
それはやっかみの目もあるが、帝国最強を誇る部隊への憧れも多大に含まれていて、常に最前線に立つ彼らの動向は上層部のみならず下士官の間でも話題の的となっているのだが・・・
「まぁそれがお前らしいけどさ・・・」
ぶっちゃけ軍人になりたくてなった訳ではないテイトらしい回答に笑っていると昼休みを告げる放送が鳴ってしまった。
名残惜しいし、まだまだ不満は残るがお互い仕事が待っている。
件のヒュウガの対策についてはブラックホーク内で一番分かりやすいとはいえ、やはり謎に包まれているのが現状で特に有効な対策が立てられなかった。
ミカゲはテイトを心配しなから、テイトは相談を聞いてくれたミカゲにお礼を言ってそれぞれの部署へと帰っていった。
同じ頃ブラックホーク執務室にて。
「ヒュウガ、もう一週間になるけど何してるのさ!」
何を、とは言わなくとも分かるだろう現在のブラックホーク中の重要な案件。
早く敬愛するアヤナミ様のお眼鏡に叶ったという軍人を見たくて堪らないのに、先を越されて張り込みをしているのに一向に展開しない事態に焦れたクロユリが相変わらずだらけているヒュウガに詰め寄っていた。
「そんなこと言ったっていきなり連れて来るの可哀想じゃない?」
可愛らしいが何処か迫力のあるクロユリをひらひらかわしていたヒュウガの机に書類の山を置きに来たコナツも話に加わってきた。
「少佐の追い込みだけでも十分可哀想ですよ。」
サングラスに刀なんてぶっちゃけバルスブルグ軍の中では目立つヒュウガに毎日部署の前で張り込まれているのだ。
いくらアヤナミがスカウト?しようとした程の人材だとはいえ、さすがに可哀想になってきたコナツである。
自分だったら絶対に嫌だ、ノイローゼになる。
「えーでも向こうも隠れて出て来てくれないし〜。」
当たり前だろ、何も自分から出て来るなんて馬鹿な事はしない。
と思うが相手はまがりなりにも自身の直属の上司、罵倒したい気持ちを押さえてコナツは続ける。
「だからって毎日毎日、部署前に出現されて迷惑だって言われてるんですよ?
おかげで変な噂も立ってるし・・・」
只でさえ注目の的のブラックホーク。
ヒュウガが毎日出没しているテイト=クラインの在籍する部署では近々誰かが亡くなるんじゃないかと言う根も葉もない噂が立っている。
うちの人間は死神かよっと全力でツッコミを入れたくなるが、ひとたび戦場に下りれば容赦がないと言うブラックホークにはある意味当たってはいるけれど・・・
「でもさぁ、それテイト=クラインの部署から文句来てるの?」
「いえ、直接は来ていませんが・・・」
「ならいいじゃん☆」
よくねーよ!!
普通に日々の業務をこなしているだけの部署が帝国最強部隊に面と向かって文句など付けられる訳がないではないか。
空気を読まないヒュウガに頭が痛くなるが、ただ待っていることに飽きたクロユリが更に頭の痛くなるような提案をかましてくれる。
「もうさぁ、さっさとテイト=クラインを連れてきちゃおうよ!
なんだったら撲が連れて来てあげるよ、ねぇハルセ?」
「はい、クロユリ様。」
話は早いとばかりに己の身長の倍はあるベグライターを見上げて得意気な顔をするクロユリ。
クロユリが、ではなくクロユリに言われたハルセがテイト=クラインを連れてくるのが本当だが、そこはお約束なのでもう誰も触れない。
「ちょ、それはなんでも・・・」
やり過ぎだろう。
ヒュウガにクロユリというブラックホークの幹部が二人もやってきてしまっては件のテイト=クラインにもう逃げ場などなくなってしまうではないか。
もしテイト=クラインがアヤナミのベグライターにならずとも、ブラックホークに目をつけられたと広く知れ渡れば彼は軍に居場所が無くなってしまうのは想像に難しくない。
さすがにそれは可哀想だとクロユリを止めようとするが、今回は以外な所から賛成の意見が飛び出してきた。
「しかし本気でベグライターになさるなら早い方が良いのですが・・・」
「カツラギ大佐!」
おかえりなさいというコナツにただいま帰りましたというカツラギはアヤナミに任された(押し付けられた)案件の補佐で一週間前から参謀長官室に詰めていた筈。
ようやく案件が片付いたのだろう、本来の執務室に戻ってきた安堵の表情の中に疲労の色が濃く見える。
「お疲れさま〜☆
大変だったみたいだねぇ。」
「本当に・・・」
あのいつも温厚で穏やかなカツラギの声に混ざったわずかな怒気に上層部への憤りがありありと伝わってくる。
しかし上層部の馬鹿については今更仕方ないと言うしかないが、人員不足はアヤナミにベグライターが出来る事で解消できる問題だから尚更放置しておけないのだ。
「でもアヤナミ様、あの日からベグライターの話してないよねぇ・・・」
「お忙しかった様ですからね。」
あのアヤナミの隷属宣言のすぐ後にあった軍議でアヤナミに押し付けられた案件は面倒くさいとはいえ、少し大きな物だった為、どうなるか分からないベグライターの会話をする暇などなかったのだろう。
それ以上にヒュウガら幹部が盛り上がっていたが、盛り上がっていただけで実際は何も進展していなかったりする。
「どっちみち一度アヤナミ様の真意を確かめないと・・・」
あの時アヤナミが口にした言葉は本気なのか気まぐれなのか、カツラギ以上の忙しさのせいで本人の口からは何も聞いていない。
「だったらもう一緒にテイト=クラインも連れてきた方が早いよねぇ・・・」
いくらブラックホーク幹部が騒ぎ立てた所で本人達が不在ならば意味はない。
もうこの際二人を鉢合わせてしまえと全員の目線がグラサンの方に向けられた。
「え?俺が行くの?」
無言は肯定の意味を持つ。
と、いう訳でヒュウガがテイト=クラインを連れてきてアヤナミと会わせてしまえという結論になってしまったのである。
ちなみにアヤナミ参謀長官の許可はとっていない。
いいのかそれで?
そしてまた場面はテイト=クラインに戻り・・・
昼休みが終わってからもあのサングラスの軍人が出入口に張り込んでいる。
自分にだって仕事があるだろうに、と心の中で盛大なツッコミを入れるが向こうに届く筈はない。
いや、届いたりしたらテイトがいるとバレてしまうからそれも困るのだが。
とにかくあそこからどいてもらわなければ昼からの仕事に間に合わない。
これ以上遅刻ギリギリで就業するなんてテイトの信頼に関わる重大な問題だ。
もう知らん顔をして通り抜けようか、なんて思ったその時・・・
「おかえり〜☆」
「うわぁぁぁぁ!!」
いきなりテイトの耳元で聞こえた声に飛びずさってしまった。
そこにいたのは最近ずっとテイトの部署の前にいたサングラスの佐官。
確か名前は・・・
「ヒュウガ・・・少佐?」
「お、俺の名前知ってたんだ〜
俺って有名人?」
ミカゲの言っていた通り、相手はやっぱりあのブラックホークの幹部だった。
噂以上に陽気なその人物だが、全く気配を感じさせずに部署の前からテイトの隠れていた角にやってくるなんてやはりただ者な訳がない。
声や笑顔のフレンドリーさ以上に今のテイトには恐ろしさしか感じない。
「お、俺に何か用事ですか?」
さすがにまたあの時のように逃げ出すこともできないため、言外に今かまっている暇はないと不敬にならないぐらいの意味を含めて問いかける。
今から昼の業務が始まるのだと。
しかし残念ながらテイトは知らなかった。
目の前にいるヒュウガ少佐はあのアヤナミ参謀長官にすら軽口を叩き、アヤたんなどというあだ名呼びまでしてしまう人物なのだ。
テイトの言いたいことは分かっているだろうが、素直に聞いてくれるような性格はしていない。
「そうなんだよ〜☆
テイト君にしか頼めない、大事な用事なんだよねぇ。」
そう言って首を傾げてテイトを覗き込んでくるヒュウガに気持悪いと言いそうな所をぐっと堪え、必死に自分を否定するような事を告げる。
「俺はただの下士官ですから・・・」
単なる一新人だからと・・・ブラックホークの幹部になんか関わりにならなくても良いのだとまた言葉には出さずに含ませてはみるのだけれど・・・
「下士官なら上官の言うこと聞いてくれなきゃ・・・ねぇ?」
「う・・・」
何故かこの人には言われたくないと思うが、確かに上官の言うことは出来る限り叶えるのが下士官の役割なのだけれど・・・
「ひ、昼一番で頼まれてる仕事があるんです!」
上官とはいえ相手は部署の違う人間だ。
いくら帝国最強部隊相手とはいえ、下士官にとっては所属している部署の命令の方が重要なのだ。
分かってくれよ、ともう祈るような気持ちで告げるが、返答は変わらず。
「大丈夫、テイト君の部署には俺がちゃんと言っておいてあげるからっ!」
「なぁっ!?」
困る、それだけはとてつもなく困る。
ブラックホークの人間にそんなことをされたら逆に部署の人達に勘違いされるではないか。
そんなことになってはもうあの部署にいられない。
ぶっちゃけテイトにとってそこまでの思い入れもないし、はっきり言って軍の中でもぱっとしないような所ではあるが、困ることに変わりはない。
絶対に、断固それだけは絶対に避けたい。
「いいですいりません、お願いですから〜」
「はーい、テイト=クライン参謀部にご招待〜☆」
しかしそんなテイトの叫びも虚しくヒュウガは小型なテイトの身体を横抱きにするとスタスタと廊下を歩き初めてしまった。
そんなヒュウガに拉致され、どんどん離れてゆく自分の部署に救いの手を伸ばしつつも、誰にも見つかりたくないとちぐはぐな事を思ってしまったテイトであった。
悪の総本山に拐われてゆくテイトの運命やいかに!
ヒュウガが超書きやすくて・・・
すみません、アヤテイなのにアヤナミ様まったくもって出てきません(爆)
次は出る、きっと出る、いや出ないと話進まないし・・・
しかし予想以上に進行が遅いです・・・
やっぱりブラックホークを全員だしてしまうと話が進まなくなる罠。
でも全員出してあげたいんだ。
うっかりするとカツラギさんとハルセが本気で出てこなくなるもの。
ブラックホーク大好きvv早くテイトちゃんも仲間に入ればいいのにね?(自分次第)(2009/12/26 UP)