「嫌だぁ!!
 離せぇ!!」

ばたついて否定して、それでも止まらない歩みは遂に・・・

「はーい、参謀部にとうちゃーく☆」

一際重厚な扉の、テイトを飲み込もうとしている魔の巣窟、参謀部まで来てしまった。

「降ろして下さい帰して下さい本気で!!」

これで最後とばかりに抵抗してみるが扉は開かれ・・・

「ただいま〜☆」

扉を開けるとそこは・・・

「少佐っ!!」

「おや、おかえりなさい。」

「ハルセ〜今日のオヤツなぁにぃ?」

「今日はプリンの梅干し風カラメルですよ。」

そこに広がっていたのはテイトが予想もつかなかったなんとも平和な光景。 大きなソファーを囲んでいる軍人達。

「は・・・」

そこは、優雅なお茶会会場でした。







ヒュウガに抱えられたまま、テイトはぽかんと参謀部執務室の中を眺めるしか出来なかった。
これは本当にあの時訪れた参謀部なのかと疑ってしまうぐらいに平和そのものといった空気が流れていたのだ。
しかしそれを破ったのはテイトではなく、連れてきたヒュウガでもなく・・・

「少佐っ、なんですかその抱え方は?」

一人の青年が入口で佇むヒュウガの所までやってくると、怒った様子で蜂蜜色の丸い瞳を吊り上げヒュウガを睨みつけている。

「何ってテイト君を連れて来たんだけど・・・」

そんな青年の気迫に押されたのか、ヒュウガの語尾に力がない。
しかしそんなヒュウガ様子を気にする事なく青年の追求は続く。

「無理矢理ですね、無理矢理なんですね?」

「でも、テイト君が嫌だって言うし・・・」

「だからって強制連行みたいに連れて来て良い筈ないでしょう!?」

「だってぇ〜コナツぅ〜」

「だってじゃありません!!」

毎日テイトを監視していた恐怖の対象が怒られている。
しかもまっとうな理由で怒っているこの士官に思わず感激してしまった。
そうだもっと言ってやってくれ!
けれどそう思うと同時に怒っている青年の言葉遣いや腰に差している正規品とは違う形の剣にこの人物はテイトを連れて来たヒュウガ少佐のベグライターだということが分かった。
いいのだろうか、大事な上官にこんな態度をとっても。
自分の出世に響かないのかと軍に入ってまだ半年しか経っていないが、軍内部の出世レースを眺めてきたテイトは思った。
しかしぼんやりと思考している時間も新たな声によって途切れることとなった。

「ねぇねぇ、マグロチョコと梅干しプリンどっちが好き?」

「え?」

マグロ?梅干し?オヤツの名前に付けるような代名詞ではないだろう食品の名前を告げるテイトの胸あたりしかない小さな軍人。
テイトを見上げる真ん丸の瞳の片方は眼帯に覆われているが、小首を傾げる様子がとても似合いく、三編みに結ったピンク色の髪がそれに合わせて揺れる。
その様子になんだが無下にするのをためらってしまい、危うくテイトが聞くからに危険な食品?の名前を口にする前に違う声が其を遮った。

「く、クロユリ様っチョコもプリンもクロユリ様の為に作ったものです。
 クロユリ様だけに食べて頂きたいです!」

「え〜せっかくテイトと食べようと思ったけど、ハルセがそう言うなら仕方ないなぁ〜」

助かったのかこれは。
多分クロユリは好意からそれらを勧めてくれたのだろうが物が物だ少し引き吊った様子で小さな軍人、クロユリを止めに入ったのはクロユリの倍はあろうかという長身の士官。
多分この二人も上官とベグライターの関係なのだろう。
なんと言うか・・・2人だけの世界を構築していてとても入っていけそうもない感じだ。

「何だこれ・・・」

もうテイトの口からは予想外というか呆れた声しか出てこない。
それともそうだろう、なにせ・・・

「やっぱりハルセの作ったお菓子は世界一だねっ!」

「クロユリ様っ!!
 クロユリ様が喜んで頂けるのが私の幸せです。」

目の前にはクロユリがハルセに抱き上げられて一緒にオヤツのほんわかオーラ。

「コナツ〜ごめんってば〜」

「謝るなら最初からするんじゃありません!
 って離れて下さいよ!」

そして後ろには未だ続くヒュウガとコナツの応酬。
しかもヒュウガがコナツの腰に本気で泣きながら抱きついているのが視界の隅に映る。

これがあの数々の武勲を立ててきたブラックホークの幹部なのか?
あの冷徹で容赦の無いと噂される参謀長官直属部隊の軍人達なのか?
普通、いやバルスブルグ軍内のどの部署にだってこんな光景は見られない。
一言で言い表すのなら異常としか言い様の無い軍の一部署に反応が追いつかないテイトに部屋にいた最後の一人が話かけてきた。

「気にしないで下さい、彼らはいつもあんな感じですから。」

「は、はぁ・・・」

穏やかな笑顔を浮かべる少し歳かさの男性は今までテイトに話かけてきた幹部の中で一番まともな人物に見える。
しかし見えるだけでこの帝国軍にはありえない部隊にいるのだからきっとこの人もタダ者では無いのだろう。
そう思って再び身構えるテイトに構わず男性は自己紹介などしてくれる。

「あ、申し遅れましたが私はカツラギと言います。
 階級は大佐です。
 それで・・・あちらのサングラスの方がヒュウガ少佐で、それを注意しているのが少佐のベグライターのコナツ君。
 先ほどの眼帯の方はクロユリ中佐で中佐を膝に乗せているのがベグライターのハルセ君になりますね。」

丁寧に他の幹部の紹介までしてくれるカツラギに一応ありがとうございますと告げておく。
その当たり前の行為にカツラギ大佐はやはりこの軍人らしくない軍人達に慣れていることが分かる。
それだけでやはりタダ者ではなかった。

しかしそれ以上に恐ろしいことはいつの間にかカツラギの案内で執務室の真ん中に置かれたソファーにテイトが座っている事だ。
カツラギのエスコートが自然過ぎて拒否するという当たり前の行動すら出来ていなかったテイト。
しかも・・・
「あ、テイト君は紅茶はミルクがいいですか、レモンがいいですか、それともストレート?」

「あ、じゃあミルクで・・・」

「はい、どうぞ。
 今日はお茶請けにアップルパイを焼いたんですよ。」

そういって穏やかに微笑む男性がテイトの前にとても良い香りの立ち上るティーカップと切り分けられた綺麗なキツネ色に輝くパイの乗った皿を置いてくれる。
戸惑うテイトだったが、横でにこにことテイトがパイに手を付けるのを待っているようなカツラギの視線に負けてフォークを手にとり一口食べてみると・・・

「!?美味しい・・・」

パイはサクサクで林檎はとろりと甘いけれどきちんと林檎の味を出していて、ほのかに香るシナモンが更にもう一口パイを口に入れたくなる。

「よかった!
 久しぶりにパイ生地を作ったので心配だったんですよ!」

って生地から作ったのかこれ、と驚くがそう言ってとても嬉しそうに喜んでくれるカツラギを見ながらもう一口食べてしまうとなんだか色々な物がどうでもよくなってしまう。
美味しい物は凄い。
この所ヒュウガの一件のせいかきちんと食事をしていなかったせいもあってフォークを持つ手が止まることは無かった。

そんなテイトが現実に戻ったのはパイを一切れ食べ終え、おかわりは如何ですかと勧められるままに皿にもうひとつパイを乗せて貰い、お茶のおかわりまで入れて貰った時であった。

(ってここ敵陣じゃないか!)

ヒュウガとコナツが繰り広げる漫才のようなやりとりやクロユリとハルセのまるで恋人のような親子のような微笑ましさやカツラギとの穏やかな会話ですっかり流されていたが、ここはブラックホークの部署なのだ。
まさに敵陣の真っ只中にいて当たり前のようにくつろいでいた自分に気がついた瞬間の感情は本当に何とか言い表したものか・・・

「そ、そろそろおいとましようかと・・・」

何故かとても居心地よく感じてしまう帝国軍最強部隊の執務室から逃げだそうとするが、そこはやはり最強部隊。
易々とテイトが退室するのを許してくれる筈が無かった。

「え〜駄目だよ。
 テイトはアヤナミ様のベグライターになるんだから!!」

「なりませんっ!!」

テイトが逃げ出そうとしている空気を悟ったのか、今まで必死に意識を反らしていた事情をばっさりと告げてくれるクロユリに思わず断固否定の言葉が飛び出した。
って言うか誰が誰のベグライターになるって?
聞き返したくもない恐ろしい話題から逃げようと先ほど不思議なお菓子からテイトを救ってくれたハルセの方を見るが、申し訳ありませんと言う顔を返されてしまった。

「そうそう、そろそろアヤたんも帰って来る頃だしもうちょっと居なよ、ね?」

「なっ!?」

アヤナミ参謀長官。
正直テイトがその人物に遭遇したのは二回だけ。
しかも両方とも一瞬としか言えない邂逅しかしたことがないけれど彼こそテイトをこんな状況に陥れてくれた人物である。
そんな人間とまた鉢合わせしてしまうなんてこれ以上テイトの心臓が持たない。

このメンバーを前にごまかしなど通用しないとなったらもう正面から帰ってやる。
不敬だとか上官に対してとかもうそんなことは言ってられない。
ぶっちゃけこのお茶会部署には常識など言わなくとも良いだろう。
そう覚悟を決めて、テイトが入ってきた扉に狙いを定めて一目散に駆け出してやる。
いきなりの大胆なテイトの逃亡にヒュウガが気がついて手を伸ばすが、ぎりぎりの所で避け再び扉へ走る。

「おやおや。」

「っやるねぇ!!」

「早いっ!?」

後ろでやけに楽しそうなヒュウガの声や(一応)強いと思い慕っている直属上司から逃れたテイトに驚いているコナツやカツラギの声。

「このっ!」

「クロユリ様っこんな所で黒法術は駄目ですっ!」

更に色々危ない事を言っているクロユリやハルセの声も聞こえたが振り向かずに走る。

「ぜぇ、はぁ・・・」

ようやく辿り着いた扉の前、後はこのドアを開いて此処から逃げ出すだけだ。
そう思い縋るようにドアノブに手を伸ばすが、テイトが掴むその前に扉が開かれ・・・

「何をしている?」

「あっ!」

「おや。」

「あぁ・・・」

あぁこの人達がどいてくれないから恐れていた事が起こってしまった。

「あ、おかえり〜アヤたん☆」

「アヤナミ様っお帰りなさい!!!」

黒幕、もといテイトをこのような状況に陥れてくれた元凶アヤナミ参謀長官が帰ってきてしまったではないか。




後ろにはテイトを追いかけてきたヒュウガやクロユリ。
前には先ほど追いかけられていたヒュウガより身長的には低いはずなのに何故かテイトを阻む高い壁の様に感じる参謀長官様。
絶対絶命逃げ場無しの状況にテイトはもう身体どころか思考回路すら動かす事が出来なかった。

どうなる、テイトの運命!?




















出てきた。
出てきたがしゃべらないぞアヤナミ様・・・

いやね、ぶっちゃけ今回でアヤナミ様が喋る予定だったんだよ。
アヤナミ様と邂逅してvs参謀部第二回戦に入る予定だったんですよ。

しかし予想以上のブラックホーク勢の喋りにもう一回切りました(爆)
アヤナミ様ごめんなさい・・・
何回次こそはと言ったのか・・・
でも本気でホントに次こそは。

ホントにいつベグライターになるんでしょうね?
書いてる人間ですら分かりませんが次回もよろしく〜〜(2010/2/11 UP)