「ヤバい顔・・・。」

これはアヤナミの隷属宣言の時より酷いなぁとテイトの中の冷静な部分が言っている。
まぁ確かに前回より酷いだろう。
意図のよくわからない一言に逃げて帰った前回のようだったらよかったのに、今回は参謀長官自らがテイトをベグライターにしてやると宣言してしまったのだ。
何度その時の事を思い返してみるが、夢や幻ではなく覆らない事実だという答えにしかたどり着かなかった。
夜中悩んで結局眠れなくなるぐらいに・・・

でもやっぱり仕事は休めない。
酷い顔のままでも行くしかないなぁと思い、とりあえず顔を洗って軍服に着替え部屋を出た。









「え?」

「あ・・・。」

テイトが出勤しようと自分の部署である部屋の扉でばったり出会ってしまった金髪の青年。
昨日見た、確かヒュウガ少佐のベグライターのコナツと呼ばれていたことを思い出す。
テイトを無理矢理連れ込んだヒュウガに怒鳴っていた人物でテイトの中では好感度は高かったが、高いとはいえ彼はブラックホークの一員である。
思わず身体を強張らせ警戒体制をとってしまうテイトにコナツは苦笑いを返した。

「昨日はごめんね。」

そう言って困ったようなコナツの予想外の反応に呆気にとられる。
その顔に何かたくらんでいそうな様子はまっまく見えないから、実はいい人なのだと思った。
けれどやはりブラックホークの一員であることに変わりはない。
警戒をしたままコナツに対していると、コナツはとりあえず部屋に入ろうかと扉を開き、テイトの部署に入っていった。
けれど一緒に入るのがなんとなく嫌で、コナツが入ってしばらくしてからテイトも自分の部署に入る。
そしてすみませんと謝りながらどうやら期限切れの書類を数枚担当者に手渡しているコナツの姿を見ながら自分の机に向かった。

なんだろう、昨日の昼以来の机なのに何故か懐かしく感じる。
廊下に続くの扉前という常に人の出入りが激しく、寒暖の差が厳しい最悪な条件の席なのだけれど、ブラックホークの執務室のソファーよりもずっと落ち着く。
あんなめちゃくちゃな部隊の中で落ち着いてお茶なんてしてしまったが、今思い出すだけで全身が凍りつくぐらいにおぞましかった。
やはり普通の職場で普通にしていたい。
時折命令で戦場に駆り出されることはあるが、昔よりは大分減った。
ミカゲという親友もできたし、このままで日々を送ることができればと・・・
そう昨日の昼ブラックホークにつれて行かれたせいで貯まってしまった主に雑用の書類などが置かれた机を見下ろしながら思っていた。

そんな時、テイトのいる部署の中でも中心的な、正直言って口うるさいというか、自分の進退しか考えていないと評判の上司がテイトに声をかけてきた。
おそらく昨日テイトが昼の業務を休んだことについて聞きに来たのだろう。
昨日はブラックホークに連行された衝撃とアヤナミ参謀長官のベグライター宣言というかつてない、いや一生で一度でも合いたくない厄災のせいですっかり自分の仕事を忘れていたが、上司が話す内容に驚きを隠せなかった。
正直テイトには嘘だろうと言いたくなるような話だったが、上官の言葉に合わせておくことにした方が懸命だろう。

上官の話から昨日の午後の業務にテイトが帰って来なかった理由というのが、廊下でテイトが倒れた所を参謀部のヒュウガ少佐が目撃し医務室に運んでくれたということになっているらしかった。
理由は過労。
夕方まで起き上がれなかったらしいテイトに変わり、ヒュウガのベグライターであるコナツがテイトの身分証から所属部署に連絡がきたということになっているそうだ。

最後にあのブラックホークの世話になってしまったことを青い顔をした上官にひどく責められた。
普通は部下の体調を気にかけたらどうだと思うが、出世にしか興味の無い佐官にそんな望みは抱くだけ無駄だ。
今だ参謀部に借りを作ってしまったとテイトに聞こえよがしに呟いている上官に少しだけ腹が立って、他の部署への提出書類を纏めると部屋を後にした。





「あ。」

部屋から出た瞬間、廊下の斜め前にある別の部署から出てきたコナツとちょうど目があってしまった。
しかも歩いて行こうとする方向が一緒であった。
今更引き返すのもどうかという微妙な空気になりつつも気になっていたことを聞きたくてテイトは口を開いた。

「あの・・・さっきの・・・」

「あぁ、そういうことにしておいた方が変な勘繰りされないだろうと思って。
 余計なお世話だったかな?」

どうやら横で聞いていたらしいコナツがテイトの言いたかった事を察してそう答えた。
テイトが警戒を解かなかったせいもあって少し苦笑しながらであったけれど・・・

「い、いえ、むしろありがとうございました。」

「気にしないで、私の上司が迷惑かけたぐらいだし・・・」

逆に本当にごめんと謝ってくるコナツの心使いに本当に有り難くなってしまった。
確かにあの参謀部といざこざがあったなどと噂を立てられればテイトの立場は色々困ったことになるだろうことは先程の上司の態度を見れば良くわかる。
そんなテイトの身辺をおもんばかってそう手を打ってくれたコナツには感謝してもし足りない。
テイトを見張っていたヒュウガ少佐にも正論でくってかかってくれたし、正直とてもいい人だと思う。

お互い雑用の書類を提出しに行く先が同じだったこともあり、道すがら色々話をしたけれど、話せば話すうちにコナツに近親感が湧いてくる。
コナツ自身は黒法術も使えないのだと言っていた。
黒法術の特別部隊がブラックホークであるというのに、どうしてこんな普通の人がブラックホークにいるのだろうか?

「なんで、ブラックホークにいるんですか?」

気がつくとそう口を開いている自分に驚いてしまう。
そう言ってしまった後、少しコナツの表情が曇ってしまったのを見てあたふたと取り消そうとしたが、コナツの方はそれ以外は特に気を悪くした様子もなく少し考えた後に答えを告げた。

「私自身を評価してくれたから・・・かな?」

「自分自身・・・。」

コナツの言ったことをテイトが反芻したのをきっかけにコナツは言葉を続けた。

「私は黒法術が使えなくて・・・でも周りを見返したくてブラックホークに入りたかったんだ・・。」

その話は士官学校でも有名だった。
剣の腕はかなりのもので文句なし首席とはいえ普通の人間であった卒業生が黒法術の部隊に希望を出したが落選したと。
とんだ変わり者だと言われていたが、そのテイトより三期程前の卒業生がコナツだという。

そのコナツは少し恥ずかしそうにしながらブラックホークに入れるきっかけとなった出来事をテイトに引き続き語ってくれた。
ヒュウガを教官だと思っていたこと、ヒュウガに剣で勝負を挑んで惨敗したこと、刀を貰ったこと、誰にも言ったことはないのだけれど、と話すコナツはとても優しい声だと思った。

「私はあの人に出会って変われたと思う。」

あのヒュウガ少佐がそんな影響をと思ったが、あの見るからに掴み所のなさそうな性格だ。
自分に食ってかかってきた士官学校生が楽しくて仕方なかったのだろうということがコナツの話すヒュウガ像から想像できる。

けれどなんだか最初は少佐の興味本位な気がしなくもないが、けれど昨日の二人の会話からは全くそんな気配は見えなかった。
お互いを信頼し、お互いに許しあっているからこそ出来た二人の距離なのだろう。
でなければこんな真面目な人が自分の上官にあんな暴言の数々を吐くなど到底思えなかった。
その考えを裏付けるようにコナツは・・・

「多分、普通にブラックホークに入れてたら今の私はいなかったと思うよ。」

照れ臭そうに、けれどとても嬉しそうに話すコナツを少し、ほんの少しだけどうらやましいと思ってしまうぐらいに。

「テイトも参謀部にきてくれたら嬉しいな。
 あのアヤナミ様があんなに良い評価をするなんてなかなかないんだ。」

あれの何処がいい評価なんだよと内心毒づきながら、けれどアヤナミを心から尊敬しているらしいコナツを前に暴言ははけないと必死に其れを堪える。

「いや、でも俺は・・・」

「少なくとも私はテイトがアヤナミ様のベグライターになってくれたら良いと思うよ。
 アヤナミ様にも、テイトにも・・・」

はぐらかそうと曖昧な返事をしたが、コナツは優しく微笑みながらそう言った。
その後の言葉はコナツの口から告げられることはなかったが、何が言いたいのかは分かる。
このコナツがテイトの在籍するあの部署を見たのなら・・・

初めての後輩がテイトなら大歓迎だと最後に言ってコナツはテイトとは逆の方へ去って行った。
沢山の上司であるヒュウガの尻拭いの書類を抱えながら。




去っていくコナツの後ろ姿を見ながら思う。
大変だと沢山文句を言っていたのにブラックホークについて語るコナツは誇らしそうだった。
軍部では恐れられている部隊だけれど彼にとっては唯一で、愛しい場所なのだろう。
けれどテイトにとっては・・・

「なんで参謀部なんかに・・・」

やはりブラックホークに入るなんて思えない。
コナツはいい人だけど、それだけでブラックホークに入りたくはならなかった。
テイトにはあのアヤナミ参謀長官の隣なんて想像もつかない。
けれど軍人としてはいくら異端視されているとはいえ、ブラックホークのような輝かしい功績のある部隊からの勧誘は願ってもないだろう。
普通なら・・・

その功績を作っているものの事を考えると行きたいない気持ちの方が大きくなる。

「だってブラックホークは・・・」



(いつも戦場にいるのだろう?)








書類を提出して帰ってくれば先程の上司との話を聞いていたのか、他の人間もテイトがブラックホークと接点を持ってしまったことについて少なからず非難の視線を投げかけてきた。
多分昨日は今日よりも混乱していたのだろうということが伺える。

誰もがブラックホークと関わりを持ってしまったテイトに対して抱いた良くない感情が包む言いようのない空気。
そんな環境と昨日のテイト以外は楽しそうな参謀部のお茶会の様子をまたも比べてしまった。

けれど、それでも、


(俺はただの軍人でいい)


それは切に願いつつも決して叶う事のない願いだと知っているけれど・・・




















お待たせしてすみません。
ぶっちゃけこれをリテイクするかするまいか本気で悩んでいました(爆)

いや、ね、ちょっとこの前のゼロサム読んでからちょっと書きすぎたんですよねぇ・・・
もうちょっと小だしにするつもりだったんですが、コナツが好き過ぎてやからしてしまいました(汗)
気が付けばなんでこの子こんなに喋ってるの?って(滝汗)
え?愛の量かな?

展開的にもうちょっと緩やかにしたかったんですが、ぶっちゃけ書き直すというか順序を変える手間とを天秤にかけてこの5話が勝ちました(何が?)
しかも幻のヒュウコナ出会い編ネタまで入れてしまってなんか色々すみません(滝汗)
ぶっちゃけ一回しか人に見せて貰ったこと無いのに・・・
やっぱあれか、愛の差(オイ)

でも順番をミスったかも・・・
しかしあげてしまったのでこのまま進んでやる(爆)
次回は多分ほのぼのになる予定・・・は未定(どっちだよ!?)(2010/4/22 UP)