「あぁもうっいい加減にしろよな!!」

人通りの少ない廊下の中、人が居なくなった隙を見計らいテイトは溜まりに溜まった鬱憤をぶちまけた。
両手で持っていると言うよりは両手でバランスを保っているのではないかと思われる書類の束を抱え、テイトはホーブルグ要塞を駆け回っていた。






「早く帰りたいのに・・・」

一行に減る様子の見えない書類の山を抱えながら早足に歩いているが、段々腹が立ってくる。
それは疲れたせいもあるが、半分近くは行く先々で意味深にテイトを見つめてくる視線のせいでもあった。

「本当、早く帰りたい。」

ヒュウガに連行されて参謀部に連れて行かれたあの日。
対外的には過労で倒れたテイトを偶然通りがかったヒュウガが介抱してくれたことになっている。
しかしそんな理由よりブラックホークに目をつけられたという印象の方が一般軍人には強いのだろう。
それからというものの、テイトに向けられる視線が嫌だった。
好奇の目線から嫌悪の目線、果ては哀れみの目線まで、実にブラックホークがどのように見られているかがわかる数々だ。
しかしテイトは向けられる視線よりなにより元凶であるブラックホークの面々と顔を合わせたくない方が大きかった。
けれど、他の部署に書類を届けにゆくなんていう時間と体力だけがかかる仕事をやる人間など一番下っ端であるテイトしかいるわけがなく、こうやってホーブルグ要塞中を駆け回るハメになってしまった。

上に胡麻をすっている時間があるなら書類の一枚でも終わらせたらいい。
あの狸共にそうは思うが、言える立場でもないし、言ったところであの権力の権化達が聞き入れるとは思わない。

(上に気に入られようと必死だもんな・・・)

上層部に少しでも取り入って自分を出世することしか考えていない軍人たちを思うとため息しか出てこなかった。
そう思うとあのアヤナミ参謀長官はよくあの地位を獲得したものだ。
あのミロク元元帥のお気に入りとはいえ、今の幹部連中に嫌われまくっているのに付け入る隙を見せず、悠々とあの椅子に座っていられるのだから。

(・・・って、なんであんな奴のことなんかっ!)

何故ここで考えたくもない人物のことなど考えてしまったのか。
テイトを一番非日常に連れ込む相手のことなど・・・

(絶対にあいつのベグライターになんてなるものか!)

ここ数日で何度思ったかしれない決意をすると、頭を振って思考を遠ざける。
そして再び書類を届けに行く決意をしたのだが、あの参謀長官はそうはさせてくれなかったようだ。

「あっ!?」

「おや?」

曲がり角を曲がろうとした時、向こうからやって来た人物にテイトは泣きそうになった。




「こんにちはテイト君。
 大きな荷物ですね?」

「あ、はいこんにちは・・・」

今日は最悪が重なる日だと思う。
絶対に彼らに会いたく無いと思っていた時に限って会ってしまうのだ。
これは向こうからわざわざ会いに来てくれているのだろうか?
そのぐらいの遭遇率は本当にアヤナミ参謀がテイトの心境を読んで部下を送り込んでいるのかとすら思ってしまった。

「テイト君も大変ですね。
 うちもコナツ君が同じような荷物を持って要塞中を走り回ってますよ。」

偶然ですね。なんて微笑むカツラギにわざとだろ、と言いたくなるのをぐっと堪える。
件のコナツは参謀部の人間だし、実際彼もこの前テイトを参謀部に勧誘してきたのだ。
話をした限りコナツの根はいい人だとは思ったが、その事実だけで十分警戒に値する。
アヤナミの隷属宣言もあるし、何より目の前で穏やかそうに微笑んではいるがこのカツラギ大佐、アヤナミにテイトをベグライターにとはっきりと言ったのだ。
見た目とあの時食べさせられた(とても美味しかったが)アップルパイとミルクティーに騙されてはいけない。
実は目の前で穏やかに微笑むこの人物こそ要注意人物ではないかとテイトは踏んでいる。
それを裏付けるようにほら、なんだかまた良い香りが・・・

「仕事は大変ですか?」

「えっ?
 あっはい!」

テイトの警戒を知ってか知らずか穏やかに話かけてきたカツラギに思わず返事を返してしまった。
やはりカツラギ大佐はただ者ではなかった、テイトがつい返事をしてしまう隙を狙って話掛けてくるなんて。
しまったと思い、早くカツラギをやり過ごそうと思っていたのだが・・・


ぐぅぅぅぅ


「おや。」

「っ・・・」

なんてことだ。
カツラギの前で盛大にテイトの腹の虫が鳴いてしまうなんて・・・
恥ずかしさに顔を背けたくなるが、ここで顔を逸らしたら負けだなどという変なプライドがそれを押し止める。
しかし恥ずかしいものは恥ずかしくて。

「えっと、忙しくて昼ご飯食べに行けなくて・・・」

言い訳の語尾は弱々しいものになってしまう。
けれどカツラギの気になったところはそこではなかった。

「それはいけません。
 ちょうどよかった、これをお食べなさい。」

そう言ってカツラギはテイトの手に無理矢理持っていたバスケットを押し付けてきたのだ。

「え・・・これっ!」

先程からいい匂いを漂わせているバスケットを渡されたテイトはカツラギにそれを返そうとする。

「いいんですよ、アヤナミ参謀のお昼にと思っていたのですが、お腹が空いているのでしょう?」

だったら食べてくれる人にと言うバスケットの中身はカツラギ特製のホットサンドだという。
それはアヤナミに持って行く途中だと聞いてしまったので、そんな物を貰える訳がないではないか。
食べたからベグライターになれなんて言われてはたまったものじゃない。
必死に返そうとカツラギにバスケットを差し出すが全く取り合ってはくれない。

「いいんですよ。
 持って行った所で多分お忙しくて食べてくれませんから。」

私がしたくてしているだけです、と苦笑して食べてくれる人に食べて貰った方がいいと言って譲らなかった。
そんなカツラギの顔を見ている限り下心はなさそうだけれど・・・

「でも貰う訳には・・・」

ベグライター云々の前にそもそもカツラギは違う部署の人間だ。
そんなカツラギに物を貰ってしまっては色々問題だと思うのだけれど・・・

「テイト君、忙しいのは解りますが食事と休憩を疎かにするのはよくありませんよ。」

「は、はい・・・」

「特にテイト君は成長期なのですから栄養はきちんととないと。」

妙に真剣な顔でいつの間にか始まってしまったカツラギの説教はなんだが耳が痛くなってくるものばかりだ。
しかも空返事なんてしてしまった瞬間、テイト君聞いてますか?と決してきつくはないのだが何故か逃げられない迫力で詰め寄ってくるから尚更カツラギの話を聞かざるをえなくなる。
けれどその説教にはやはりテイトをアヤナミのベグライターにという下心は見えず、純粋にテイトを心配する色が伺えるのも確かで・・・

(なんか、ミカゲみたいだ・・・)

なにかとテイトの世話を焼く士官学校の親友の顔を思い浮かべる。
ミカゲも食生活や睡眠に無頓着だったテイトによく小言を言ってきたものだ。
最初はそうやって何かとテイトを構ってくるミカゲを疎ましく思ったものだが、ミカゲが本気でテイトの事を心配してくれているのだと知ってからは真面目に聞くようになった。
そんな心境の変化に自分自信驚きとともに、なんだかむず痒い嬉しさが溢れてくる。
今のカツラギの様子がまさしくそんな親友の物と同じで尚更抵抗できなくなってしまう。
そんなテイトの心境の変化を感じてか、カツラギの方も段々話が収束に向かっていく。

「だから食事はとても大切なんですよ?
 いいですね?」

「は、はい・・・」

「いいでしょう。
 ではテイト君、お仕事頑張って下さいね。」

真面目な顔で返事を返したテイトにカツラギも満足してくれたようだ。
ふわりと優しく笑うと踵を返して帰っていこうとする。

「あ、カツラギ大佐っ!」

「はい?」

ホットサンドを渡して去っていくカツラギの背中。
ようやくブラックホークの人間から解放されてホッとしたが、それ以上にテイトの中に消化しきれない何かが残る。
思わず呼び止めてしまったカツラギが振り返った時、テイトは・・・

「あ、ありがとうございます。」

素直に御礼の言葉を述べるテイトに少し驚いた様子のカツラギだったが、直ぐに優しい笑顔を浮かべる。

「いいえ。
 テイト君、くれぐれも無理はいけませんよ?」

「あ、はい。」

そう言って今度こそテイトの前からいなくなったカツラギにようやくホッとした。
自分から参謀部の人間を呼び止めるなんて、なんて馬鹿なことをしたのか。
けれどあんなに色々心配してくれたり昼食をくれた人になにもしないままというのはどうだろうか?

カツラギはやはり油断ならないが、お礼の一つぐらい返さなければ。

「だから正しいんだよ、うん。」

自分でも今ようやくカツラギに何をしたか実感の沸いて来たテイトは改めて自分がしたことは何もなかったと思い込む。
だって何かをしてもらったらお礼をするのは当然のことだとこれも士官学校でミカゲに気づかせてもらった。

(だから嬉しい、なんて訳ないんだ)

一瞬ミカゲがテイトを心配してくれた時の事が頭を過ぎったが、相手はあのブラックホークだ。 一瞬でも同じ感情を感じたなんて思いたくなかった。
けれど、多分テイトは気がついていない。
ミカゲ以外にテイトを本当に心配してくれる人がいたのだということを。

そんな心境とリンクするようにカツラギが作ったばかりなのだろうホットサンドがテイトの手の中に暖かく染み込んでいった。

















カツラギ大佐のターンはいつもなにやら食べ物を持っていますね(苦笑)
どうも、ご飯を書いていると超楽しそうだねと言われます霧立です

すみません5話から随分時間が空いてしまいまして・・・
しかも今回ほど自分でも穴だらけの話はないかもしれない。
通行人はどこよ?だの、書類が両手いっぱいなのになんでホットサンド持てるんだ?とか(爆)
しかしこのシリーズ自体、霧立のご都合だけで出来ていますのでご了承下さいませ。
あ、今更ですねすみません(オイ)

次は、仲良し主従のターン・・・の予定は未定(え!?)(2010/8/11 UP)