「あ。」

「どうしましたクロユリ様?」

「あそこ、テイト=クラインがいる!」

そう言って高い所から指をさされたテイトはミカゲとの約束を放り出してでも全力で逃げたくなった。








ブラックホークのカツラギ大佐と一悶着あった日からさらに数日。

その日、テイトは親友であるミカゲと昼食を一緒にと中庭で待ち合わせをしていたのだが、肝心のミカゲはなかなか現れる気配がない。
まぁミカゲもテイトと同じく配属されたばかりの下士官として忙しくしているので、決まった時間に昼食がとれないこともままある。
以前、テイトも仕事が立て込んで約束を破ってしまったことがあるので、仕事をしている限りお互いに仕方ないことだと思っていた。
昼休みも短くなってきたことだし先に食べ始めるかと菓子パンの袋を開いたその時、出くわしてしまったのがブラックホークの確かクロユリ中佐とそのベグライターらしきハルセという人物だ。

「げっ・・・」

テイトが座るベンチ前に建つ建物の中からいきなり名前を呼ばれて、誰だ、と声のする方を見上げるとピンク色の髪に眼帯をした小さな子供が空色の髪をした長身の青年に抱かれていた。
抱き上げられている子供は大きな目をさらに見開いてこちらを指さしていて、青年の方はそれを見ながら穏やかに微笑んでいるというなんともほのぼのとした光景であった。
けれど・・・


「ヤバっ。」

色々な意味で凸凹コンビの放つ一見穏やかな光景はテイトにとっては地獄絵図以外のなにものでもない。
これが何か違う目的だというのならば害はないのだが、彼らはテイトの存在を認知し、テイトの名まで呼んで、あろうことかテイトの方に近寄ってくるではないか。

やばいやばいやばい。

もうこれ以下ブラックホークに関わりたくないというのになぜ向こうから近寄ってきてくれるのか。
けれど幸いなのかそうでないのかは今の所判断はつきかねるが、今は回りに人もいないし、テイトが変に逃げ出したりなんかしたら更に大声でテイトの名前を呼びながら追いかけてきそうだ。
そんな勢いがあの子供、クロユリ中佐から放たれていた。







救いの神となってくれそうなミカゲはまだ来ない。
ついにテイトの目前まで到着してしまったブラックホークのクロユリ中佐とそのベグライターであるハルセ。
たったひとりでその二人と対面する羽目になってしまったテイト。
一見すると対峙する二人は小さな子供と穏やかそうな外見の青年だが、ブラックホークに所属している以上、見た目で判断してはいけないのだ。
しかしテイトは冷や汗が流れてくる程に緊張しているが、二人の方はほのぼのした空気で話をしている。
まるで小さな弟?(妹?)と可愛がる兄の仲良し兄弟なのだけれど・・・

「クロユリ様、あのような所から良く見つけられましたね?」

「だってアヤナミ様に盾突いた奴だもん。」

「なっ!?」

そんな覚え方、全く光栄なんてものじゃない。
むしろ綺麗さっぱり忘れて欲しい事実だが、あのアヤナミ参謀長官にちょっとでも盾突いたなんて余程物忘れの酷い人間でないと忘れられないことも事実だ。
しかもこのクロユリ中佐、かなりあの参謀長官に心酔しているようで、尚更テイトの態度はしゃくに触ったらしい。

しかし断じてテイトは盾突いてなどいない。
普通に考えて到底聞き入れることのできない要件を断っただけだ。
それに勝手にベグライターだなんだと言っているのはそっちの方でテイトに落ち度はない。
けれど言って聞くような相手なら今頃テイトの目の前に表れないだろう。
しかもテイトをじろじろ眺めた後、勝手にテイトの事を批評し始めた。

「まぁヒュウガから一瞬でも逃げ出したし。
 ま、弱いよりはいいかもね!」

「弱いって!?」

人に抱き上げてもらわないと歩けないような子供に言われたくはないけれど、見かけを裏切るクロユリは中と言うだけの実力と功績はあるのだとミカゲから無理矢理だが教えて貰っている。
テイト自身、嬉しくはないが自分の力は劣っていると思わないけれど、クロユリが使っているのは違法の力だとはいえ、その気になればテイトもただでは済まないかもしれない。
できるだけ刺激しないように、けれどきっぱりと断る良い方法はないものか。
けれどクロユリ中佐のヒートアップは止まる気配をみせず、どんどん加速してゆく。

「とにかく、アヤナミ様がベグライターにしたいって言ったんだから大人しくベグライターになりなよ!
 ね、ハルセ!」

「しかしあまり無理強いするのはよくありませんよ?」

「え〜でもさぁ・・・」

今まであまり喋らなかったクロユリのベグライターがクロユリを窘めた。
この前会ったコナツといい、このハルセといい、参謀部はベグライターの方が常識的だというのは色々駄目だろうブラックホーク。
しかし部下が常識的とはいえ相手は上司、そんなに強く出られず・・・

「とにかく、アヤナミ様がベグライターにするって言ったんだからベグライターになればいいんだよ!!」

「はぁ・・・」

だから、いい加減その考えを止めてはくれないだろうかこの参謀部の面々は。
伝わらない俺の意見思わず溢れ出すため息。
しかしそのため息が悪かった。

「何が嫌なのさ?」

「何って・・・」

俺の態度に相手はますますムスッとしてしまったようで、更に突っ込まれてしまった。
けれど何が嫌って、そもそも聞く方がおかしいだろう。
あのブラックホークだぞ?
あのアヤナミ参謀長官だぞ?
ろくな噂を聞かない参謀部に良いも悪いもないじゃないか!
ブラックホークと接点を持ったというだけでも日々をビクビクしながら過ごしているというのに、勧誘なんてとんでもない。
もう相手が上司でもなんでもいい。
とにかく嫌だ付き纏うなと断言しようとしたのだけれど・・・

「アヤナミ様は・・・優しいんだ・・・」

「え?」

「クロユリ様っ!?」

さっきまでのテイトを睨み殺さんばかりの迫力は何処へやら。
泣きそう声でつぶやいた言葉は消えそうになりながらも、そこにいる二人にはしっかりと聞き取ることができた。
いきなり変わったクロユリ中佐の態度にびっくりしたし、彼?を抱き上げていたハルセまで心配そうにクロユリ中佐を覗き込む。

「アヤナミ様は・・・僕を助けてくれたんだ・・・
 アヤナミ様は・・・優しくて、王子様みたいで・・・」

「お、王子様って・・・」

どっちかと言うと悪の大王じゃないのか?
いや、確かにアヤナミ参謀長官は顔立ちはめちゃくちゃ美形で。
一度だけ、しかもかなりの短い期間(しかし本人の了承はなかったらしいが)だったそうだが、軍人募集のポスターの一面を飾った際の女性軍人の募集はかつてない程集まったとかいう噂を聞くけれど・・・

「アヤナミ様は・・・」

「クロユリ様、大丈夫です。
 アヤナミ様が本当はとてもお優しいのはきっとテイト君に伝わりますよ。」

「ちょっと待て・・・」

泣き出しそうな上官を気遣う為とはいえ、何を勝手に決めているのだこのベグライターは。
まぁもしかしたら、百歩譲って、アヤナミは優しいのかもしれない。
この小さいのに毒舌家で他人にツンケンしたクロユリ中佐がここまで懐くぐらいだ。
けれどテイトがその優しさを知るよりずっとベグライターになる方が嫌だ。

「そうだね!
 その為にも早くベグライターになってもらわないとね!」

「だからならないって言ってるだろーっ!?」

いい加減にしろこのコンビは!
辛抱も上官もなにも吹き飛び、全力で叫ぶテイト。
けれども先程のハルセの一言に励まされたのか、始めの強気を取り戻したクロユリ中佐は黙ってはいなかった。
にやりと可愛らしい顔で不適に笑う。

「ま、アヤナミ様から逃げられたらの話だけどね?」

「はぁっ!?」

お前なんか逃げられるもんか、そんな余裕綽々の高飛車な台詞。

「そうですね、アヤナミ様はお強いですからね。」

そこのベグライターも何を同意しているのか。
と、いうよりベグライターにするのと強いことの因果関係が分からない。
でもそんなことは最早どうでもいい。
テイトの答えは最初から一つしかないのだから。

「ふざけるな!
 絶対、絶対にベグライターなんかならないんだからなっ!!」

もう上司とかそんなのどうでもいい。
勝手ばかり言う彼らに高らかとそう宣言した。

「ふーん・・・ま、せいぜい頑張れば?
 ハルセ、行こ?」

「はい、クロユリ様。」

テイトの威嚇など意に介せず言いたい放題言ってくれたクロユリ中佐はこれで気がすんだのか、自身のベグライターにそう告げた。
言われっぱなしでは我慢ならないと、おととい来やがれそう言ってやろうとしたテイトだが・・・

「テイト=クライン。
 お前、アヤナミ様に勝てるなんて思わない方がいいからね!」

「では、失礼しますねテイト君。」

テイトが言うより早くアヤナミの事をまるで自分の事のように言うクロユリ中佐と、そんな上司を結局一度も降ろさずに抱き抱えたままのハルセが会釈をしてテイトの前から去っていってしまった。




「・・・なんだよっ勝手な事ばっかり言って!」

クロユリ中佐に反論の殆どを制されて、もう腹が立つのか飽きれたのかも分からない。
けれどあのクロユリ中佐の口ぶりからしてアヤナミがテイトを本気でベグライターにしようと狙っている話はあの日限りの思い付きではないということか・・・

どうしよう。
これからどうやってブラックホークから逃れようか考えていると・・・



「おーい、テイトー」


嵐のようだったクロユリ中佐と穏やかなハルセの凸凹コンビと入れ替わるようにミカゲがやってきたようだ。
こちらに走って向かってくるのはテイトとの約束の時間に遅れた事もあるだろう
が、クロユリとハルセという参謀部の人間を見つけてしまったからもあるだろう。

「おい、テイト。
 さっきのって・・・」

「ミカゲ・・・」

もう少し早く此処に来てくれれば良かったと思いつつ、親友の心配そうな表情に安堵した。










「そっか・・・
 まぁ好きってぐらいじゃないとあの参謀長官の下にはいれないよな、正直。」

短くなってしまったが、昼飯を食べる時間ぐらいは残っていた。
二人で持ってきたパンを食べながらさっきのクロユリ中佐のことを親友に話して聞かせたら最後にそう返された。
確かに、軍人としては上官がどんな人間でも上の命令は絶対だが、心から命令を聞いてその人の為に働こうという気持ちは尊敬していればこそ。
本当に上司の為を想って働く事のできるコナツや先程のハルセは所属部署はともあれ、下に付く者としては恵まれているのかもしれない。

「なぁ、お前ベグライターになった方がいいかも。」

「なんでっ!?」

親友で唯一味方だと思っているミカゲまでなんて事を言い出すのだ。
ずっとテイトがアヤナミのベグライターになどなりたくないとずっと言っているのを知っているだろうに・・・

「だって、いくら嫌われてるっていっても参謀長官・・・上層部の人間なんだろ?
 言い方は悪いけどさ、後ろ盾には持ってこいの相手なんじゃないか?」

ミカゲの言いたいことは分かる。
テイトの身の上を知っていて、テイトが置かれている状況を知っていてそう提案していることも・・・

冷酷で、非情で、人の死骸も踏み付けて。
アヤナミが若くして最高幹部に上り詰めただけの事をしていない筈がない。

けれどそれはその人の一面。
誰よりもアヤナミに近い人から見たらきっとその人柄も全く逆のものかもしれない。
第一印象だけで、見た目だけでその人の事をはかってはいけないと知っている。
テイトの親友であるミカゲがそうだったから。
そう教えてくれたから。
そして、その人のたった一つの面だけを取り上げて否定されたり蔑まれたりすることだって珍しくない。
それは何よりテイト自身が知っている事実。


でも・・・

それでも・・・


それにテイトがアヤナミのベグライターになったとすると軍内部で嫌われている参謀部の一員になったということになる。
そんな参謀部の人間と仲良くしていてはミカゲまで何と言われるか・・・
そうなっては今のように軽々とミカゲに会えなくなる。
ミカゲに会えなくなるのはどうしても嫌だった。
けれどテイトのそんな気持ちを見透かしたのか、

「大丈夫、お前がベグライターになってもならなくても俺はお前の一番の親友だからな!!」

そう言うと最後に残っていた焼きそばパンを口に含むとベンチを立って遅刻すんなよ、と走り去って行った。

「ミカゲ・・・」

戸惑うテイトを残して・・・

















なんか短編ネタやらアニメDVD4コマネタやらが混ざってきました。
しかしテイトが軍人してる所からしてもう原作なにそれ美味しいの?冗談なので良いとこ取りする気満々です(オイ)

しかしハルセ喋らん。
ハルセ単品で出したかったんですが、それ以上にクロユリ様を単品で出す方が難しかったという。
アヤナミ様以外にツンツンクロユリ様とミカゲ以外にツンツンなテイトちゃんを会話させるのはハードルがとてつもなく高いです。
二人だけにしたら真剣に殴り合いとか始めそうだ(爆)
なんでクッションハルセ。
ほんと出来たベグライターですよ。
俺を嫁にし・・・(げふげふ)

さて、参謀部の手駒はあと一人ですね。
ぶっちゃけヤツが一番書きやすいふりして実は結構・・・という曲者ですが、アヤたんの為に頑張って書いてきまーす☆(2011/2/24 UP)