「○○の戦闘に徴収されたんだって?
大変だねぇ、テイト君も・・・」
人気の無い曲がり角からいきなり出てきたサングラスの少佐はそう言って唇を笑みの形に象った。
あの召集命令を受けた次の日。
明後日の出立の前に準備を昨夜のうちに調え、今日中に今やっている仕事にキリをつけようと別の部署に書類を届けにいく最中。
何時かもこうやってこの少佐はテイトの目の前に現れた。
「っ!?
なんでそれを・・・」
「んーなんでだろうねぇ?
テイト君がアヤたんのベグライターになったら分かるかもね☆」
自分でも悲壮感が感じられる声でそう聞くと、茶化すようにはぐらかせて口元だけで笑うそれはあの時と同じ胡散臭い笑み。
始めて会ったこの少佐に有無を言わさずに参謀部の執務室に連行されたことから始まった参謀部とテイトの追いかけっこ。
あの日、この男がテイトを連れて行かなければ・・・そう思うとふつふつと怒りが湧いてきて止まらない。
「おお、こわっ☆」
上官であることなどこの際どうでも良いと睨んだ顔すらにやにやと嫌らしい笑みで返される。
戦闘に狩り出されるストレスと日々の任務のストレスだって随分だったのに、参謀部までの問題を抱えさせられて・・・
この少佐が全ての元凶だと思うと無性に腹が立った。
あの時参謀部に連れて行かれなければテイトが今悩むこともなかったのに。
「そんなおこんないでよテイトくん。
喧嘩しに来たんじゃないんだし?」
相変わらずの軽口で笑う彼のその存在が既に喧嘩の原因だと怒鳴ってやりたいけれど、相手は上官。
直属のベグライターであるコナツがこの少佐を叱ったりどついたりしているのを直に目撃しているとはいえ、それは信頼関係が築かれた彼らだから許される行為であって、テイトがやって良いことではない。
しかしふつふつ沸き上がる怒りは収まってくれる所か今まで我慢していた怒りやストレスを巻き込み大きくなっていく一方だ。
「ケンカじゃないんならなんだっていうんです?
からかいに来たんなら帰って下さい、忙しいんで。」
語尾は丁寧だが明らかに苛立ちの隠せない声。
ケンカでないというならなんなんだ。
これでテイトを見つけたから暇潰しに声をかけてみた、なんて言われたらキレる確実にキレる。
しかしヒュウガのおちゃらけた態度は変わらないまま帰ってきた答えは・・・
「いんや、テイト君の事待ってたの。」
「だから、なんで・・・」
「取り引きだと思えばいいんだよ。」
「何、を・・・」
声のトーンも変わらない。
普通の人間だったら何も気がつかないだろう。
けれど戦場に身を置いていたテイトなら分かる、その身にまとう空気は確実にいつものだるそうな気配が全くなかった。
こんな剣呑な空気を纏わせて何を言うつもりなのか。
ついに実力行使でも取るつもりだろうかと思いつつも背中が嫌な汗で湿っていくのがわかった。
「そんなに戦闘が嫌なら出撃しなかったらいいんだよ。
方法、無いわけじゃないの・・・分かるでしょ?」
「だから・・・何を・・・」
サングラスの奥、真っ赤な血のような瞳がテイトを射抜く。
何を言いたいのか、本当は分からない訳ではないけれどその氷のような瞳に思考回路が凍らされたように動かない。
「テイト君に命令してる奴よりずっと偉い人のベグライターになればいいんだよ。
そうすれば上も無闇に君を呼び出せない・・・」
冷えた瞳はそのままに、歌うような口調で男は告げる。
ありのままの事実を。
軍は縦社会、偉くなればなるだけ自由にできる。
そして、ヒュウガが告げるその相手が・・・
「そう、例えばアヤナミ参謀長官のベグライターとか・・・」
「っ・・・」
出て来るだろう名前を聞いてやはりか、と思うと同時に彼の言っている事の正しさも理解できる。
参謀長官かつ黒法術特殊部隊の長でもあるアヤナミにこの軍内で命令できる人間は元帥を始め数える程しか存在しない。
元戦闘奴隷とはいえ参謀長官の補佐官であるベグライターを彼の許可無しに動かすことなどできる筈もなかった。
けれど・・・
「何が目的なんですか?」
熾烈を極める権力争いの真っ只中にいるような参謀長官だ。
テイトが所属するような軍内でそれほど力のない部署にいる人間でさえ謀った謀られたが横行しているのに、上層部のそれがどんなに激しいものか言われずとも分かるだろう。
そんな渦中にいる人物がテイトを指名するなんて何度考えても何かの意図があるとしか思えない。
嫌がらせか、はたまた噂の様に黒法術の生け贄か・・・
「さぁ?」
「さぁって・・・」
今まで散々意味深な事を言ってきたのに知らないとは。
今まで話してきた中でさらりと嘘をつきそうな性格だと思っていたが、あまりにもあんまりな解答に脱力感を覚える。
「だってアヤたんの本心なんて分かんないんだもん。
アヤたんそこらへん隠すの超上手いし?」
上層部も色々大変だ☆なんていうがこのの少佐もたいがいだろう。
そのサングラスの奥の瞳が語る言葉は色々信じられないと疑りの瞳で少佐を見返す。
「まぁ、真意はともかくアヤたんがそうしたいっていうんなら俺はそうする。
だからテイト君を参謀部にお誘いしてるんだよ☆」
「だけど・・・」
「ぐだぐだ考えないで利用すればいいのにって言ってるの。
上層部の情報ならうちはいっぱい持ってるし、君も利用したいならすればいい。」
軍の一部とはいえ、ブラックホークはアヤナミ参謀長官の個人部隊と言っても過言ではなかった。
ブラックホーク独自の情報網で各地の戦況などには常に目を光らせている。
テイトが送られる任務地も例外でなく・・・
「君が送られる所・・・行った兵は過半数が死亡か行方不明で酷い状況だよ?」
「っ!?」
テイトの耳元で聞こえる声は声だけ聞けばまるで楽しげなひそひそ話に聞こえるが、内容は全く持って楽しくも何ともないどころかテイトを突き落とすのに十分な威力がある。
隠しているようだが軍内の噂や新聞などから戦況は芳しくないと解っていたが、彼の口から語られる状況は予想以上に酷かった。
今までも酷い戦場には何度も向かったことがあるけれど、あの時と今とでは決定的に違うことがある。
「テイト君だってむざむざ死にたくないでしょ?」
「っ。」
死にたくない。
本心をずばり言い当てた言葉にびくりと身体が震える。
昔は自分が死んだ所でどうにもならないと思っていた。
しかし、テイトは士官学校でミカゲと出逢ってしまった。
初めてできたテイトを心から心配してくれる存在がいることで死にたくないと思うようになった。
テイトが死ねば・・・ミカゲが悲しむ。
自分の命の重さは軽いものだという思いは変わっていないが、見えない所でミカゲが悲しむなら死にたくない。
「疑ってるかもしれないけどこの情報はホンモノ。
俺達もいきなり反乱を止めてこいって言われるか分かんないし?そこらへんの状況は詳しいからね。」
アヤたんが俺らにも直に出撃命令がくるだろうってさ、とアヤナミが言ったということは本当に戦況は劣勢で間違いない。
いくつもの戦場に降り立つ帝国最強の部隊の長が言うのなら間違いはないのだろう。
それぐらいに危ない戦場なのだ。
「く・・・」
嫌な汗でびっしょり濡れた背中。
こめかみをひんやりした汗が流れて落ちる。
絶望が押し寄せ、思考を停止してしまいそうになる。
この男の誘う手をとってしまおうかとも思ってしまうぐらいに気持ちが揺らぐ。
けれど・・・一つだけテイトの思考に引っ掛かるものがあった。
「参謀長官のベグライターになれば・・・戦闘に出なくてよくなるんですか?」
「っと・・・」
にやにや笑っていた瞳が一瞬見開かれる。
彼は言った、アヤナミのベグライターになれば不当な徴兵命令に従う必要はないと。
けれど彼は言っていない、参謀部に正式な出撃戦闘命令が来たら?
「うーん、それは無理かなぁ?
どっちかってーと文官基本なカツラギ大佐は残ってお留守番って事が多いけど、アヤたんのベグライターだっていうなら来て貰わないと・・・後で色々煩いかな?」
隠さなかった点はテイトのこの少佐に対する評価がこれ以下に下がることはなかった。
しかしテイトは戦闘に出たくないのだ。
参謀部に入った所で戦闘命令がなくならないのであれば正直何処でも同じだった。
自分が死ぬことも恐ろしいが、人を殺さなければいけないことも今のテイトには苦しいのだ。
しかも戦場でのブラックホークの所業を知っているから尚更。
アヤナミのベグライターになればテイトは彼らと同じ事を要求される。
自分からそれを選ぶぐらいなら、今のまま命令でやらされているのだと思いたい。
例え・・・帰ってこられないほどに酷い戦場に行けと命令されたとしても。
「あんたたちの所に行ったったって変わらない。
だったら・・俺はもう此処でいい。」
この少佐がテイトを引き込む為に嘘をついているかもしれないけれど、考えないようにしていた現実を突き付けられて少し自棄になっているかもしれなかった。
これが上官相手に対する言葉使いでなかったこともだが、一瞬でもミカゲへの手紙を残して行った方がいいのでは・・・なんて思ってしまうぐらいに。
「っ失礼します。
仕事が・・・残っていますので。」
顔を伏せたまま相変わらず表情の読めない上官の横をすり抜けて走り去っていく。
今のテイトを捕まえることはヒュウガには容易いが、今の彼を無理矢理参謀部に連れてきてもいい方向に向かうとは思えない。
アヤナミが求めているのはあの時、アヤナミに真っ向から向かってきたテイト=クラインなのだ。
こんな絶望に満ちた彼を連れ帰った所でアヤナミが喜ぶ筈がない事など目に見えている。
けれど・・・
「結構、変われると思うんだけどなぁ・・・」
アヤナミと一緒にいれば・・・
噂だけでなくアヤナミや参謀部の色々な一面を知れば陳腐な噂よりずっとずっと過ごしやすい所だし、テイトも少しは変われるだろう。
彼のベグライターであった青年が変わったように。
「ま、生きて○○の戦場で会えるといいね?」
アヤナミに伝えられた戦況を思い起こし、テイトが走り去って行った方を眺めながら男は楽しげな口調でそう呟いた。
サングラスに隠されたその表情を見ることは誰にもできなかった
通行人はどこ再び(笑)
きっと良く気のつく素敵なベグライターがちょっと離れた曲がり角に立ってこっから先には行かせねーよオーラを纏って立ってるんでしょう。
見てない所でも仕事する、流石ベグライターの鏡ですね(笑)
そんな感じの9話です。
自分が一番解ってても雰囲気小説脱出できないですが9話です。
参謀部全員と触れ合い(えっ!?)も済んだのでそろそろ次に進めたいですね!
とりあえず・・・本当にアヤナミ様出てきて下さいと土下座してみる(オイ)
次は出る予定・・・予定?(2012/4/15 UP)