「へへへ〜〜〜」

「黄瀬君、気持ち悪いです。」

「ちょ、黒子っち酷っ!!」

とある日の放課後、中学の同級生である黒子と黄瀬は帰り道でばったりと出会った。
違う高校に進学しても続けているバスケ部の試合会場で中学時代のチームメイトとはよく顔を合わせるのだが、こんな偶然の再会に嬉しくなった黄瀬が近くにあったバーガーショップに黒子を誘ったのである。
黒子もその再会が嬉しくなかった訳ではなく快く了承したのだが、今、黄瀬に着いてきてしまった事を少々後悔していた。
というのも黄瀬の態度が明らかにおかしいのだ。
左手を目線まで上げ、それにうっとりと見入っている。
黒子が何度か呼びかけたら答えてくれるし、会話をしている間は普通にやり取りを交わすこともできる。
しかしふっと会話が途切れたり、黄瀬の視線が左手に向いてしまうと、そのままさっきのように視線が固まってしまうのである。
ここはどうしたのかと聞くべきなのだろう。
しかし聞いたら最後、面倒くさい事に付き合わされそうという勘が働いて聞くに聞けずにいたのだが、黄瀬から誘ったくせにあまりにも放って置かれるのは気持ちのいいものではない。
仕方ない、はぁとため息をひとつついた黒子は飲んでいたバニラシェイクをトレーに置くと覚悟を決めて黄瀬に問いかけた。

「今日はどうしてそんな緩みまくった顔をしているんですか?」

仮にも黄瀬は現役のモデル。
そんな彼がこんなへにゃへにゃした顔を誰かに見られて写真でも取られたらどうするというのだろうか・・・
しかし本人はそんなことは全く意に介した様子はなく、むしろその質問を待ってました!といわんばかりに黒子の方へその身を乗り出してくる。

「あのっすね、笠松先輩がね、初バイト代で俺の誕生日に指輪くれるって言うんっす!!」

ほにゃん、幸せオーラ全開の黄瀬は今年高校を卒業してしまった海常高校バスケ部の前部長であり、彼の卒業式の際に黄瀬の捨て身の告白が実ってめでたく彼氏となった人物の名前を出して顔面の筋肉をこれでもかというほど緩めている。
しかし前の席で聞いている友人にとっては・・・

「ふーん、よかったですね・・・」

「ちょ、黒子っち淡白すぎっす〜〜」

思う反応が返ってこないことに不満を漏らすが、聞いてる方の身にもなれという。
人の色恋沙汰なんて聞いて嬉しい人と腹の立つ人がこの世にはいるのだ。
ちなみに黒子はみるからに後者であるから、聞いてあげただけでもよしとして欲しいものだ。

しかしまぁ気持ちは分からなくもない。
高校時代までずっとバスケ一筋だった黄瀬の彼氏様はそういったことに免疫がなく、いざ黄瀬と付き合ってみても上手くいくのやらと周囲に危ぶまれていたらしい。
実際にはその苦手な性格が幸いしたのが、彼は非常に紳士的でとてもいいお付き合いをしている・・・のだと黄瀬が黒子が話半分しか聞いてないのに勝手に喋っていた。
しかしまぁ・・・

「そうですか・・・
 似合うといいですね?」

バスケをやっているがモデルとしても気をつかっている黄瀬の手は同じ中学で今は別の高校のバスケ部のエースである緑間ほどではないにしろ爪は綺麗に磨かれていて、長くて綺麗な指を更に綺麗に見せている。
笠松がどんな指輪を送るかわからないが、きっと黄瀬ならどんなものでも似合うのだろう。
そしてどんなものでも彼が送ってくれるのなら一番の宝物になること間違い無しである。

「あ・・・でもバスケする時、邪魔ですね・・・」

「あ・・・」

ふと、疑問に思ったことを口に出してしまった。
すると今まで幸せオーラ全快でにやけていた黄瀬の表情が見る見るうちに暗くなっていってしまった。

「ど、どうしよう黒子っち〜〜」
あぁ、やってしまった。
自ら面倒くさい事態に落としてしまったと黒子は自分の迂闊さを呪った。
先ほどと同じように机の上に乗り上げてきそうなぐらいに詰め寄ってくる黄瀬をどうやってスルーしようか・・・

「あ・・・火神君はネックレスに通して持っているので、黄瀬君もそうしたらいいのでは?」

ふと思い出した黒子が通っている学校のバスケ部の相棒と言ってもいい選手の胸元に光っていた指輪の存在を思い出す。
アメリカにいた頃の兄貴分と交換したらしい品はいつも彼の胸元で光を放っていた。

「黒子っち天才〜〜!!」

がばぁっと横に座る黒子を抱きしめる黄瀬の幸せオーラに当てられながらも、こうやって笑えるようになった黄瀬に素直によかったと思う。
中学時代の最後の方はまぁ、色々あったから・・・

「黄瀬君、苦しい・・・」

「あぁ、ごめんっす黒子っち〜〜」

あやまりながら黒子を解放する黄瀬は昔よりもずっと素直に人の言うことも聞くようになったし、本当にあの彼氏様々である。
海常バスケ部メンバー曰く、黄瀬の飼い主という称号も頷ける。
中学時代は頼んでも黒子の声が聞こえていなかったのか、なかなか離してくれなかったのだから・・・

「僕より彼氏さんに抱きついてあげたらいいと思いますよ。」

「え?ちょ、そんないきなり抱きつくなんて・・・もう・・・」

見た目は金髪で片耳にピアスをしている派手な外見の黄瀬だが、実は彼氏様よりも純情かも知れない。
抱きつくなんて・・・とピンク色に染まる頬を両手で押さえながら恥ずかしがる黄瀬はなかなか乙女である。
しかしまぁ抱きつくなりなんなりそのあたりは黒子のいないよそでやってくれればいい。
黒子は馬にも蹴られたくないし、熱々カップルに当てられたくもない。

「じゃあ、僕そろそろ帰ります。」

好物のバニラシェイクはずっと前になくなってしまっている。
これ以上黄瀬に構っていたら胸やけどころでは済まなくなりそうだ。
自分のトレーを持ってすくっと立ち上がり、黄瀬に気付かれないうちに退散してしまおうと椅子を引いたのだが・・・

「あ、黒子っち黒子っち!!」

「何ですが?」

こっそり帰ってしまおうとする黒子のミスディレクションをおぼろげながらも黄瀬が見破れるようになったのも高校のバスケ部で更に技術を磨いたお陰か・・・
好敵手が更に強くなった事は素直に嬉しいが、早く帰して欲しいと席を立ったまま黄瀬の方を振り返る。

「黒子っちも相談があったら俺でよかったら乗るっすよー?」

「!!
 そうですね、その時はお願いします。」

鈍感なフリをして何気に鋭い黄瀬にちょっと苦笑いを返すと黒子はさっさとバーガーショップを後にしたのだった。
シルバーに黄色のラインが入った少し大ぶりなリングを通したネックレスを胸につけた黄瀬と試合で会うのは近いうちである。