笠黄と小森の描写があります。
おにぎりが食いたい。」
海常バスケ部に何か騒動がもたらされる時は森山がそのきっかけとなっていることが多い。
今日も森山のこの一言で海常のスタメン達は振り回される羽目になるのだけれど、今日は周囲のメンバーよりもずっと森山の方が振り回された気がしなくもない、とは今回の会場となった1人暮らしをしている後輩の家から帰る際に森山が思った感想である。
だって、自分が言った一言からこんな状況が生まれるなんて思いもしなかったのだから・・・
「で、なんで俺のマンションに集合なんて話になるんスか?」
「だって1人暮らしなのお前だけだろ?」
「ごめんなー黄瀬?」
部活が昼までだった土曜日の昼下がり。
海常高校から徒歩10数分のところにある黄瀬が1人暮らしをしているマンションには海常バスケ部の3年のスタメンがぞろぞろと上がり込んでいた。
今日はどうしてこうなったのだとこの家の主である黄瀬は上級生相手にため息をつきたい気持ちを堪えてそう問いかけてみたのだが、帰ってきたのは笠松の当然と言わんばかりの言葉と小堀のすまなさそうな謝罪の声。
肝心の・・・いつも黄瀬を巻き込んでくれる原因である森山は暗い顔でなにやら恨みがましい声でぶつぶつと何かを呟いている。
「違うんだよ、俺が食べたいのは可愛い女子マネの子が愛情込めて握ってくれたおにぎりであってむさい男の握ったおにぎりじゃないんだよ・・・」
「うっせ、うちはマネージャーも男しかいねーよ。」
女子マネ?おにぎり?黄瀬にはなんのことかさっぱり分からない。
笠松が森山にチョップを入れながら言った黄瀬の所属する男子バスケ部のマネージャーは確かに男子だけで構成されている。
海常では昔から実力のや身長の伸び悩みで選手は諦めたけれどバスケには関わっていたいという理由でマネージャーに転向する者が毎年何人か居るのだが、元々選手である彼らはバスケのルールや海常ならでは練習のやり方に馴れているお蔭でマネージャーとして大変優秀であった。
しかしそれとおにぎりとどういった関係があるのかはさっぱり分からない。
目の前で漫才にしては少々バイオレンスなやり取りをする森山と笠松に聞いても無駄だろう。
黄瀬が視線だけで小堀に問いかけてみた所、苦笑しながら彼が答えてくれた内容というのが、クラスメイトに借りた野球漫画の中に女子マネージャーが選手達におにぎりを作ってくれる描写があって、それを羨ましがった森山が自分もおにぎりを作ってもらいたいと言い出したということで・・・
「あーつまりいつもの病気っスね?
でも女子マネはみんな料理が上手な訳じゃないっすけどねぇ・・・」
黄瀬の脳内で中学時代、同級生の顔は可愛くてスタイルも抜群の女子マネージャーが意気込んで作ってきたレモンを丸ごと蜂蜜に浸しただけの料理とは到底呼べなかった代物を無理矢理食べさせられた記憶が蘇る。
それを食べれば女子に並々ならぬ情熱を捧げる森山の妄想もあっけなく打ち砕いてくれることだろう。
そんな黄瀬の過去を知らない小堀は黄瀬の態度に疑問を覚えるが、遠い目をする黄瀬には触れないでそっとしておくことにしたようだ。
「そうなのか?
まあ・・・とにかく、最初はいつも病気だったんだけどなぁ・・・」
黄瀬の家に押しかけた手前、家主に状況説明をしない訳にもいかないということで、事の起こりを説明することにした。
森山の女子マネのおにぎり云々というここまでは毎回おなじみのパターンであったのだけれど、おにぎりおにぎりと煩い森山に釣られたのかいつもは突っ込みに回っている笠松が自分もおにぎりが食べたくなってきたと言い始めてしまったのだ。
それにつられて2年の早川や小堀までおにぎりが食べたくなり、誰が言い出したのかじゃあ作るかという話になったのである。
便利になったこの世の中、おにぎりなんてコンビニに行けばたくさん置いてあるじゃないかとは黄瀬は思うのだけれど、炊きたての白米を握ったものが食べたいと言う一行により学校からそう遠くない位置にある黄瀬の家がおにぎり会の会場に選ばれたのである。
足の負傷で監督に別メニューを言い渡されており、その場所に居なかった黄瀬は部活後に先輩たちに自宅に連行されるように巻き込まれたので今の説明でようやく状況が理解できたところだ。
「ということで悪いんだけど台所借りるな?」
「あ、どうぞっス。」
手作りのおにぎりの方がいいというその気持ちもまあ分からないも無いが、そんな彼らの標的になった黄瀬にとっては迷惑な話である。
しかし自分達の家で作ればいいじゃないかと正面切って言えないのは珍しく笠松が乗り気であるせいだ。
森山だけなら笠松でも小堀でもを味方につけて、さっき言っていたいつもの病気だと無視するなりしてカタを付けてしまえるのだが、このバスケ部主将・・・一見真面目な堅物に見えるが実はノリは悪くないし、大人数での押しに弱い所がある為に結構な頻度で騒動の中心付近に居たりするのである。
黄瀬の腕を取って引きずってきたのも笠松であったし、それにぐたぐた渋って伝家の宝刀、先輩命令を取り出された挙句、暴行を加えられるぐらいなら黙って台所を提供した方がマシという結論に達した黄瀬も海常の先輩達が巻き起こす騒動への対応にすっかり馴れてしまっていた。
「て言っても何にもないっスけど・・・」
「大丈夫、米は小堀が持ってきたし具は早川と中村に買いに行かせた。」
「親の田舎から送ってもらったやつだからおいしいよ?」
キッチンに一向を連れてきたのはいいものの、人をもてなせるようなものは何も無いという黄瀬に部活用のカバンとは別に持っていた紙袋から小堀が米の詰まったビニール袋を取り出してくる。
そして今回のような騒動には大概巻き込まれている2年生2人の姿が今日は見えないと思ったらそういうことだったのか・・・なんとも用意の良いことであるこれは絶対に笠松の采配だろう。
言いだしっぺの森山と言えば女子マネが握ってくれないおにぎりに最早興味はないらしく、1人暮らしの後輩の部屋の方に興味がそそられるようで、部屋の中をあれこれと検分しては俺の部屋より広いし片付いているじゃねーかという声が聞こえてくる。
「お前、良い部屋に住みやがって・・・」
「そうっスか?」
気が済んだのか、台所スペースに顔を出した森山はジト目で見つめてくるのに黙っていれば顔は悪くないのにと黄瀬はため息をつきたくなった。
確かにそこら辺の安アパートよりずっと良い条件のセキリュティ重視で選ばれた1LDKは風呂トイレは別だしキッチンも最新の電子調理器が設置されている。
しかし人は羨ましいと言うけれど、黄瀬だって進んで1人暮らしをしている訳ではない。
ハードな部活後に東京の実家まで帰る時間と体力的な兼ね合い、しかし寮に入ろうにもモデルの仕事をしているせいで帰宅時間に間に合わない可能性もあるので1人暮らしを選んだまでである。
幸い、黄瀬の親はなんでも小器用にこなす息子に関しては中学の時から放任主義な所があったし、学校に通うのにも駅に出るのにも丁度いい辺りにセキリュティのしっかりしたマンションをモデル事務所の方で借りてもらえたのでありがたく1人暮らしをさせて貰っていた。
休日も部活や仕事などで多忙な黄瀬にとっては帰って来て寝る時ぐらいしかこの家に居ない為、そこまで愛着が沸いていないのが現状だけれども。
片付いているように見えるのもそもそも私物があまり無いせいもあるだろう。
「でも調理器具とか一応揃ってるみたいだけど?」
とりあえず米が炊けなければ何も出来ないので黄瀬の話を聞きつつも米を洗って炊飯器にセットし終えた小堀が不思議そうに聞いてくる。
「あぁ・・・コンビニとか惣菜ばっかだと栄養偏るんで一応、自炊してますし、月に2・3回ぐらい母親がご飯作りに来るんで・・・」
放任主義とはいえまだ高校生の息子である。
気に掛ける回数としては少ない気もしなくもないけれど、そこは家庭の事情なのであまり深く聞き込めない。
特に気を使う小堀なら尚更だし、黄瀬の方もこれ以上喋る気は無いようで口を閉ざしてしまった。
「とりあえず、飯が炊けるまで待つぞ!!」
少ししんみりしてしまった空気を吹き飛ばすように檄を飛ばした笠松は勝手に冷蔵庫を開けて取り出してきたミネラルウォーターと食器棚から形や種類はばらばらであるがグラスを人数分、居住スペースの中央においてあったローテーブルにそれらを手際よく並べていく。
その勝手知ったるといわんばかりの行動の理由をここに居るメンバーは知っているので苦笑するしかない。
「笠松ぅ、お前ここに入り浸ってるみたいじゃねーか?ん?」
いいよなー恋人が1人暮らししててーとからかいとやっかみを込めて森山が隣に座る笠松のわき腹をひじで突いてくるのに煩いと言いって肘を避けながら顔を赤らめている。
バスケ部のスタメンを巻き込んでの告白騒動の末、ようやくくっついた笠松と黄瀬の関係は男同士であるが温かく受け入れられていた。
くっつく前から二人とも人目を憚らずにベタベタしていたので、その関係が進化したぐらいにしか捉えられていないかも知れないが、概ね順調なお付き合いをしているようだ。
ちゃっかりと森山の座っていない方の笠松の隣に陣取っている黄瀬は自分達の関係を知っている人間しかいないことを良いことにべったり張り付いているのは笠松に絡む森山へのけん制のつもりだろうか。
さらに黄瀬としては何気なく言った言葉なのだろうが、次に言い放った言葉は最早のろけにしか聞こえなかった。
「いや、どっちかっていうと俺がセンパイんちに入り浸ってるっスね。」
「へ?」
「ちょ、笠松マジか?」
「あ?あぁ・・・お袋がなんかこいつのことえらく気に入ってよ。
それに1人で食う飯も味気ないだろ?」
「センパイのお母さんのご飯、ずっげぇおいしいっスよ?」
センパイが肉じゃが好物なのがよく分かったっス、なんて朗らかに言う黄瀬にそうかと言いながらその黄色い頭を優しく撫でる笠松も自分の家のことを褒められて嬉しそうだ。
そんな笠松の家では今日は黄瀬君来るの?という話が進化して、今や今日のおかずは自信作だから黄瀬を家に連れて来いといった会話が繰り広げられているらしい。
家族の皆様から誘ってもらえるぐらいすっかり笠松家に馴染んでしまった黄瀬にやるなこいつと思ったのは森山だけでなく、小堀も驚きを隠せなかった様子である。
しかも今度、お母さんに肉じゃがを教えてもらう約束をしたのだと張り切る黄瀬は本当に・・・
「まさに嫁だな・・・」
「・・・うん。」
義母様と嫁の関係にしか見えないではないか。
しかしこんなキラキラの美形に料理を褒められて、更には教えて欲しいと請われて否という人間の方が稀だろう。
自覚しているのかいないのか分からないが、つくづくあざとい後輩である。
そんな黄瀬にいつもの険しい主将の顔をすっかりどこかへ追いやってしまった笠松が嬉しそうにまた黄瀬の頭を撫で出して・・・そんな幸せオーラ全開の二人に再び当てられた森山は少し自分の言った言葉に少し後悔を抱き始めていた。
人前でいちゃいちゃしやがってこれは女子にふられ続けている自分に対する嫌味かと半分は自業自得な怒りもあるが、女子マネのおにぎりが食べたいなんて言わなければこんなことにはならなかったのに・・・と珍しく自分の行動を反省する森山である。
しかし周囲にしてみればいつも彼のこういった何気ない一言がきっかけで振り回されているのでざまあみろと言われても仕方ないが、此れを期に少しは大人しくなればいいといつもなら言う二人が今日は二人の世界に閉じこもってしまっている。
笠松は先ほどから撫でている黄瀬の頭から手を離そうとしないし、黄瀬もサラサラの金髪を何度も梳く笠松の手にうっとりした顔でその感触を楽しんでいる様子を見ればさすがの森山も自分の行動を反省もするぐらいのダメージを受けた。
小堀の方までもそんな二人を見ながら二人ともよかったなぁと言う顔で、更に同意を促すように森山を見てくるから余計に居心地が悪い。
誰かこの甘ったるい空気をぶち壊してくれないだろうかと思った時、買出しを頼んだ2年の凸凹コンビの存在を思い出した。
部活が終わると直ぐに着替えて買出しに行った二人なのだが、二人を見送って学校から黄瀬の家に移動して今まで結構な時間が経っている。
「そういえばあの二人、帰ってこないな・・・」
「あぁ・・・確かに。」
スーパーは学校のすぐ近くにあるし、頼んだ買い物はおにぎりに入れる具なのでそんなに難しいものは無いはずなのだけれどなかなか帰ってこない。
黄瀬の家が分からないならここに居る誰かの携帯に連絡がくるだろうけれど、誰の携帯にもその旨の連絡は届いていないので、もしかして何か事故にでも巻き込まれたのではないだろうか・・・心配になりかけた頃に二人がようやくたどり着いたのだろうか、ピンポンと呼び鈴の音が部屋に響いた。
笠松に撫でてもらって上機嫌だったのに残念そうな顔をしながらも放置しておくわけにも行かず、玄関前の様子が映し出されたインターフォンで二人の姿を確認した黄瀬が二人を迎える為に扉を開けに行く。
「おじゃましまーす!!」
「お邪魔します。」
性格も行動も喋り方までも間逆で凸凹コンビと称される2年の早川と中村がようやく黄瀬の部屋に入ってきたのだが、この部屋がそこそこ広いとはいえ、バスケ部の高身長な男子が6人も集まればとたんに狭く感じてしまう。
しかも狭いだけならいいのだが、普通にしていても大音量で喋る早川が入ってきたのでその煩さはいつもに増して煩く聞こえるのが更に3年の姿を見た瞬間、早川がぎゃいぎゃいと何かを訴えるように喋り初めてたせいで耳をふさぎたくなった。
「キャプテン!!
聞いてくださいキャプテン!!なかむ(ら)、がっ!!」
「うっせ、だからゆっくり喋れっていつも言ってんだろ!!」
海常の犬一号とひっそりささやかれる早川が尊敬する笠松に何かを必死で訴えかけようとするのだけれど、残念なことに元々早口でラ行が言えてない上、興奮していて更に早口が酷くなっているせいで内容は全く聞き取ることが出来ない。
案の定、気の短い笠松に殴られて黙らされてしまった。
そして二人を出迎えて戻って来た海常の犬二号の称号を与えられてしまった黄瀬が笠松に構われてずるいという視線を早川に向けているからまた始末に終えない。
さっきまでの甘いオーラもいかがなものかと思ったが、この色々な方向で険悪な空気もなんとかならないものだろうかと森山の口からため息が漏れる。
「えっと・・・中村、何かあったか教えて欲しいんだけど?」
何を言っているか分からない早川より話が分かる中村の方に小堀はどうしたのか聞いてみることにしたらしい。
聞かれた中村はいつもと表情はあまり変わらないけれど、眼鏡の奥に見える瞳が少し不機嫌な色を称えているのを見るにやっぱり何かあったようだ。
しかしその何かというのが正直どうでもいいような何かで・・・
「鮭フレークの種類で口論してました。」
「はぁ?」
「え!?」
「何だって?」
「鮭フレークって・・・あの瓶のヤツっスかぁ?」
坦々と、けれどいつもに比べてはっきりと中村が告げた口論の原因に喧嘩中の二人以外の口からは呆れた声しか上がらなかった。
個人的な好みや家庭の事情もあるのは分かるが、鮭フレークごときで何をここまで熱くなるのか・・・
あまり気にしたことはないのだけれど、鮭フレークの瓶詰めには種類が二つある。
一つは身をそのままほぐしただけのものと、そのほぐした身をぽろぽろになるまで丸めたもの。
正直、どっちが好きでも構わないだろうにと2年の喧嘩の原因が理解不能な3年生と黄瀬であったが、本人達は未だ納得していないようで、この会話をきっかけにまた口論を繰り広げ始めてしまった。
「だってあっちの方がおいしい!!」
「あんなぼろぼろにしなくてもほぐすだけで十分なのに・・・」
口の上手さと坦々とした口調で畳み掛ける中村と言っている事は子供が使うような良い訳と変わらないけれど威勢のよさを武器に負けじと張り合う早川はどちらも引くつもりは一切ないようだ。
性格が全く逆であるこの二人がこうやって言い争っているところは時折見られるのでいつものことではあるが、バスケのスタメン争いの時ですら見られなかった二人の激しい争いに主将の笠松は盛大なため息を吐き、後輩の黄瀬は呆れた顔で二人を眺めているし、森山もこの馬鹿らしさに笑いが込み上げてきたのを我慢している。
前者二人はもう知ったことかという顔で買ってきた袋の中身を出したり皿を用意し始めたりと2年生を放置することに決めたようだ。
しかし用意をしながらセンパイ梅干がいいっスか?だの、お前おかか好きだったよな?とかいうツーカーの会話は止めて欲しい、切実に。
横で聞いている森山は胸焼けを起しそうになってはぎりりと唇を噛んで堪えた。
「で、結局どうしたんだよ二人とも。」
そんな二人はさておき、唯一2年同士の口論を気に病んでいる小堀がこうやって帰ってきたからにはスーパーでの決着はついたのだろう?と聞いてみる。
自分から言い争いに首を突っ込んでいくなんて本当に小堀はお人よしであるが、そんな彼であるからこそ後輩二人も喧嘩を一旦中断して小堀の方を振り返った。
「両方買ってきました。」
「(り)ょうほう買ってきたっス!!」
「まぁ、妥当な判断だよな・・・」
結局、両方買ってきたのでもう喧嘩も何もないだろうに・・・
しかもお互い、みんなでいくらか出し合ったお金ではなく自腹で買ったというのだからもういいじゃないか。
全く、高校生というものはくだらないことで喧嘩をするものである。
変な所で律儀な後輩は好ましいと思うのだが、だからといって一番味方になってくれそうな小堀に判定を頼むのはやめてやれと思う。
横でいちゃつく馬鹿っプル二人から気を逸らしたかったこともあり、どっちにも味方できなくて困っている小堀も流石に哀れだと思った森山が遂に口を挟んでしまった。
「お前らなぁ、いい加減落ち着けよ・・・」
そういうものは女の子が好きだという方に揃えておけば万事上手くいくものだといつもの持論を持ち出して苦笑するしかない小堀をサポートしてやったのが良かったのか悪かったのか、小堀が森山にすがりつくような瞳で見返してくるのにちょっときゅんとしてしまった。
海常の中で一番ガタイはいいのに・・・黄瀬と早川ほどではないが、小堀も属性は犬なのかもしれない。
「ほら、森山の言う通りだから、な?」
しかしその顔も一瞬のことで、後輩二人へと視線を戻した小堀はいつもの優しい先輩の顔になっていた。
そのせいで自分の目の錯覚かと思った森山が良い返事と共にようやく喧嘩を止めた後輩二人が買ってきたのだろう惣菜類などを取り出し始めたのを見て自分もそこに加わろうとしたのだけれど・・・
「森山・・・」
「ん?」
つんつん、と肩を叩かれて自分を呼んだ小堀の顔を見上げるとありがとうと唇の動きだけで森山に告げてくるから・・・
「気にするな。」
そう言ったと同時に気が付けば森山の右手が小堀の頭の上にあって、その少し硬い髪をひと撫でしていた。
これに驚いたのは撫でた森山より撫でられた小堀の方だったらしく、いつもすこし困ったような笑みを浮かべている瞳が大きく見開かれている。
しかしすぐにふわりといつものほっこりする笑みに戻った彼はもう一度ありがとうと口パクで森山に伝えてくるから小さくおう、とだけ返事を返して。
森山が自分が何をしたのかと気が付いてようやく驚いたのは小堀が後輩達に習っておにぎりをにぎり初めてからで・・・自分よりずっと上にある小堀の頭を撫でた自分の右手の手の平をぼんやりと眺めてどうしてこんなことをしてしまったのだろうとぼんやり考え込んでしまった。
「おい、森山お前食わねぇの?」
「森山先輩、昆布と梅干ありますけど?」
「え?あ、あぁ梅干で・・・」
そんな森山に気が付いたのか、笠松と中村が早く取らないと森山の取り分が無くなるぞと言ってくれたことでようやく我に帰ることが出来た。
昼までだったとはいえ、今日の練習もハードで空腹具合は最高潮である。
それはきっとここにいる全員に当てはまることで、笠松の言う通り早く取らないと森山の分など直ぐに無くなってしまうだろう。
「センパイ、梅干のおにぎり握ったっス!!
食べてください!!」
「おー悪いな。」
とりあえず腹ごしらえをと思ったら本日二度目の森山へのけん制のつもりなのか、目の前で黄瀬が笠松の前におにぎりを差し出してきた。
キラキラの笑顔で早く食て欲しいのだと催促している黄瀬からおにぎりを受け取った笠松がモデルなんだから熱い米なんか持つなよなと言う会話が聞こえてくる。
そんなことを言う割には嬉しそうだなと突っ込みを入れたくなる笠松はさっきまで森山を心配していた顔は綺麗さっぱり消えてしまっっていた。
しかし森山の前で笠松が幸せそうな顔をして黄瀬を撫でるから、黄瀬もとびきり嬉しそうに笑って撫でられているから。
さっきの行動の理由はきっと笠松と黄瀬に影響されてしまっただけだ。
そうに違いない、と馬鹿っプルを放置してやけ食いでもしようかと思ったのだけれど・・・
「なかむ(ら)、お(れ)が作ったやつ食べ(ろ)!!」
「・・・じゃあこれあげるよ。」
もう一方ではさっきまで傍から見ていればアホらしい、しかし本人達にとっては真剣に言い争いをしていた早川と中村がさっきまでの剣呑な空気は何処へやら、自分が握ったおにぎりを相手に差し出している光景があった。
お互いの作ったおにぎりを食べながらこっちはこっちでおいしいなという会話をしているこの二人はどちらかというと青春ドラマの仲直りシーンに見えるのだが・・・
「早川っておにぎり握るの意外に上手いよな・・・
硬さとか丁度いい。」
「そっか?なかむ(ら)のも綺麗な形だぞ?」
とお互いの性格の出ている大きいおにぎりと綺麗な三角のおにぎりを褒め合って交換し合っている2年生コンビを見てしまってはなんだよお前らも仲良く交換しやがって、と仲が良すぎる後輩と主将相手にちょっと苛立ちが募ってきた森山の前にずいと差し出された白い物体。
何だと思ったそれは大きなおにぎりで・・・
「森山、俺の作ったの食べるか?」
「・・・貰う。」
男子じゃなくて女子マネの握ったおにぎりがよかったのだけれど・・・とニコニコ笑っておにぎりを差し出してくる小堀の前で言えるはずも無い。
むしろ小堀の人畜無害さにさっきまでの苛立ちが急速に収まっていく。
流石、海常バスケ部の良心は他の部員とは違って人に優しい。
「あーおいしいわー」
「そっか!
ありがとうな?」
小堀の大きな手で握られたおにぎりは大きくて少しいびつな形をしていたけれどとてもおいしかった。
素直においしいと言うとまたほわりと笑うので森山もほわりと心が温かくなる。
大の男が6人もひしめく部屋はむさくるしくてしかもカップルのせいでイラっとする上に暑苦しいけれど、決して楽しくないなんて言えないぐらいには森山もこの部活が大好きなのである。
小堀の作った二個目のおにぎりを頬張りながらあー癒されるわぁなんてつい口に出してしまう森山と、その隣で笑っている小堀の間に小さな春が来ているのに気が付くのはもう少し先のことだけれど。