最初の出会いは彼女が高校に入学してきてから・・・ではなく、実は彼女が中学の頃に一度だけその姿を垣間見たことがあった。
帝光中学バスケ部に所属し、キセキの世代と言われて無敗を誇った天才の1人であった彼女の中学最後の試合を見に行った時がそれだ。
女子の選手なので高校に上がってきたとしても彼のいる男子バスケ部に直接の関係はないのだが、それでも音に聞く彼女らの活躍を一度は見てみたいと興味本位で試合を見に行ったのだ。
『楽しそうだ・・・』
それが黄色い髪を高い位置でポニーテールにして、コートを駆け回っていた彼女に思った第一印象。
他にも同じPGとして見習うべき所が多いと興味を引かれた赤い髪の少女や、コートの端から綺麗なフォームで3Pシュートと決めた眼鏡をかけた緑色の髪の少女、女子にしては高い身長で数々の相手の数々のシュートをブロックしていた紫色の髪の少女、あんな体勢からどうやってゴールに入れるのかというフォームで何本もゴールを決めた青い髪に浅黒い肌の少女などがいたが、彼の目線は無意識にキラキラ光を反射する黄色の髪を追っていた。
『犬みてぇ・・・』
女の子相手に言う例えにしては酷いものだが、必死にボールに追いすがる彼女は彼の目には楽しそうに遊ぶ大型犬のように見えたのだ。
青い髪をした少女程ではないが彼女も何本もゴールを決めて、それが決まる度に笑みを浮かべて全身で嬉しいと言っていた少女。
ハーフタイムの最中もその人懐っこい笑みはコート端に控えてきた淡い水色の髪をした小柄な少女などに向けられ、他の精一杯やっているのだが何処か楽しく無さそうに見える青髪と紫髪の少女や、当たり前と言いたげな顔をした赤髪や緑髪の少女なんかよりよっぽど好感が持てたものだ。
それを眩しい、と感じたのは彼が背負った責任に押しつぶされそうになっていたせいかもしれない。
インターハイ予選敗退の責任を感じ、一度はバスケを辞めようとしたのに主将などに抜擢されて悩んでいた渦中であった。
何かを掴めればと思い、まったく関係のない中学女子の試合に来たのだが正解だったかもしれない。
これからも今までと同じように一生懸命練習を重ね、試合でその実力を発揮できるようにすればいいのだと改めて思い起こさせてくれたから・・・
その後、試合は彼女らの圧勝。
全中の決勝とは思えない程、彼女らの力は圧倒的なものだった。
しかし彼は何故かその試合を見て感動を覚えることは無かった。
バスケ少年の典型だった彼は気付いていたのかもしれない、あのチームはどこか異常だと。
そりゃ、勝負は負けるよりは勝つ方がいいだろうが、それにしたってあのチームはどこかちぐはぐな感じがしたのだ。
それについては部外者である彼が直接関与することなどできないが、強豪校には強豪校の悩みがあるのかも知れない。
でも・・・できればあの黄色の髪の少女のようにバスケが楽しいものであれば良い。
自分もそうありたいと・・・
すこしだけ軽くなった胸でそう思い、彼は試合会場を後にした。
その約半年後。
新学年に上がり桜が満開を迎えたとある日、まさか黄色の髪の彼女が自分の高校に進学してくるなんて夢にも思わずに。
さて・・・問題のその彼女、黄瀬涼子は彼のその出会いを知らない訳で。
むしろ出会いというより彼が見ていただけなので出会いとも呼べないぐらいのものだったのだが、いきなり怒鳴り込んできた人物、男子バスケ部主将には驚くしかなかった。
正直、高校のバスケは彼女にとって楽しいものではなかった。
彼女らのキャプテンであり、バスケに関しては絶対主君であった帝光の主将がキセキの世代は全員別の高校に行くことを提案してくれたせいで彼女は1人、強豪のバスケ部のある海常高校に進学することとなったのだが・・・
『せめて黒子っちが一緒に来てくれればよかったのに・・・』
幾度、心の中で文句を言っただろうか。
しかし文句を言ったところで自分は1人、この高校に進学して周囲の期待のまま女子バスケ部に入部することとなった。
けれどキセキの他の選手よりバスケを始めるのが遅く、一番下っ端を自称していても彼女の才能は周囲に比べると飛び抜けて高く、いくら強豪校といえあのキセキの世代とともにプレイしていた彼女は直ぐに絶望を感じてしまっていた。
赤司ならもっと的確な指示を出してメンバーを導いてくれる。
緑間ならあのぐらいの距離でシュートを外す筈が無い。
紫原ならどんなシュートも簡単に防いでしまう。
青峰ならあんな体勢からでもシュートを決められる。
黒子ならもっといい位置にパスを出してくれる。
周りの選手の拙さにこれのどこが強豪校なのかと怒鳴りつけたくなった。
仮にも新入生が先輩にそんなことを言える立場ではないと頭では理解していても、あの自由に動き回れた帝光バスケ部では感じなかったもどかしさが彼女にイライラを募らせる。
更に海常メンバーの態度もそれに拍車をかけた。
強すぎる新入生、どんなに頑張って練習して手に入れたスタイルも彼女にかかればあっという間に真似されてそれ出来てしまう現実を目の当たりにして何も感じない選手などいないだろう。
全員が全員ではないが、妬みや嫉妬で彼女を無視し始める部員も出始めた。
一触即発。
あのキセキの世代を獲得したはずの強豪校は今、少し穴を開ければ破裂してしまうぐらいに危険な状況に陥っていた。
女子バスケ部の空気が悪いのは女子と体育館を半分にして練習をしている男子バスケ部全員も感じていないはずはない。
女の嫉妬はこえぇ・・・と当事者ではない大半の男子はそれを横目で眺めていたのだが、一人、それを他人事に出来ない部員がいた。
誰であろう、あの日、彼女の試合を見にいった彼である。
あの日見せたバスケが大好きだと全身で告げていた表情もキラキラした笑顔も今の彼女からは一切が失われて見ることが出来なくて、一瞬あの日見た彼女と同一人物かと疑ったぐらいだ。
どうしてそんなつまらなさそうにバスケをしている?そう彼女に問いただしてみたくない気持ちは無いことも無いが、しかし正直な所、女子バスケ部のごたごたは男子バスケ部には関係ない。
隣で練習しているから彼女らの嫌な空気が流れ込んでくることは避けたいが、今の所状況を見守っているぐらいの男子の練習には支障をきたしてはいないし、そもそも彼は女が苦手でまともに喋ることはおろか、目線すら合わせられない最早恐怖症の域に近いぐらいだった。
そんな性質を投げ出してでも彼女らと正面切って話をするほど問題視はしていなかったし、件の彼女に対して彼が熱心になる理由など何も無いのだから。
『でも、なんか腹立つ・・・』
勝手に彼女の出ていた決勝戦を見に行っただけだ。
面識がある訳でもない彼女に彼の気持ちを一方的に押し付ける訳にもいかず、女子と同じ様に進入部員を迎えた男子バスケ部の練習も急がしいこともあって、彼はもやもやを抱えたまま暫く日々を過ごしていた。
そんなある日・・・
「いい加減にしなさいよ!!」
隣の女子バスケ部から聞こえてきた女子特有のキンキンした声に男子バスケ部は全員練習の手を止め、声の聞こえてきた方を凝視してしまった。
予想通り、そこにいたのはレギュラーではない数名の女子部員と彼女らに囲まれた黄色い髪の少女。
あぁ、ついに爆発してしまったか・・・男子部員も女子の中でもそういったことに興味を示さない部員達は止めることが出来ず固唾を呑んで彼女らを見守るしか出来ないでいた。
キセキの世代だからいい気になるな。
私たちがどれだけ努力していると思っているのか?
それなのに人が頑張っているのにそれをあざ笑うかのようにその上をいくとはどういうことだ。
いきなりレギュラーになって人を見下しているとしか思えない。
あんたなんか海常にこなければよかったのに。
ちょっとモデルをやっているからと言ってお高くとまるな。
今まで溜まりに溜まった不満が興味なさげな視線を送る彼女にいっせいに向けられる。
最後の方はバスケに関係のない妬みが混じっていて、どうにも後輩を取り囲んでいる彼女らの方が悪役にしか見えなくなってきたのだが、彼女らにそんなことはお構いなしだ。
しかも取り囲まれた彼女はちっとも堪えた様子を見せず、ふんと澄ましたままのその態度が更に彼女らの劣等感を煽り立てるのだが、それを分かっていながらも彼女は尚、つまらなさそうに冷めた瞳で1学年上の先輩である部員を見つめている。
その態度が更に彼女らを苛立たせ、集団になった彼女らは容赦なく彼女に攻撃を仕掛けていく。
さすがにまずいと思ったのか、女子の部長がそのうちのリーダー格である部員を制止するものの、勢い付いてしまった集団に止まる様子は見られない無い。
ハラハラしながら見守る部員の中、ついに不機嫌そうな彼女が声を上げた。
「何が努力してるっスか?何が頑張ってるっスか?
監督が見てなかったらサボってるくせに・・・」
今だって監督も顧問も来ていないし、そんな熱意しかないような部員に才能がどうとか言われなくない、とその形の良い唇ははっきり言い切ってしまった。
キセキの世代と言われたってちっとも努力せずにその地位を勝ち取った部員などただの1人もいなかったと彼女は知っている。
確かに、ここに来て彼女は中学のように必死で練習に参加することはなくなってしまったが、それは仕方ないことだった。
だって、いくら彼女が練習して強くなったとしても周りの選手が彼女に付いてこれなければどうにもならないのだ。
1人でするバスケなんてつまらないものでしかないとここに来て彼女は初めて知った。
『青峰っちの気持ちが少し分かったような気がする・・・』
中学最後の頃、どうしようもなく強くなりすぎて変わってしまった人物を思い出す。
彼女がどんなに頑張っても、何度挑んでも届かなかったあの光こそ才能に満ち溢れた人物だった。
彼女と自分が同じなどとは到底思えなくて不機嫌な顔をしているのだが、突っかかってくる部員に彼女の心境など分かる筈も無い。
「あんたらとバスケしても全然楽しくない・・・」
その言葉に自分たちが馬鹿にされたとしか思えず、怒り心頭で我を失った一人がついに手を上げかけたその時・・・
「いい加減にしろよ、お前らぁぁぁぁ!?」
「へ?」
どすどすと怒りの篭った足音に響かせながら近寄ってくるのは1人の男子部員。
その男子が誰であるか知らない人間はこの場にはいない。
そして女子はどうして男子部員である彼がここにいるのかという混乱と、男子の方はあの女が苦手で有名な主将がどうして自ら女子のいさかいを止めに入ったのか疑問が尽きないでいた。
しかし一番その行動について疑問に思っているのは止めに入った本人であるのだが・・・
ぶっちゃけ仲たがいをしているのは女子だ。
彼女らの問題でそれを止めなかったからと言って男子まで咎めを受けることは無いだろう。
しかし彼はそういったことで彼女らの中に割って入っていった訳ではなかった。
バスケ馬鹿と密かに言われているぐらいバスケ第一な彼にとって、練習をしていないのに才能がどうとか言う女子に怒りを覚えた訳でもなかった。
彼女が・・・あの試合の日、キラキラした笑顔でバスケを楽しんでいた彼女が、バスケを見放したような顔をしていることが我慢ならなかった。
あの時の笑顔を好ましいと思っていたから・・・
「さっきから隣で聞いてりゃお前らどんなにバスケ馬鹿にしてんだコラ!?」
大股で怒りをにじませながら向かってくる男子バスケ部の主将に女子はたじたじで。
主将をやっているだけあって彼自身は男子としては平均上ぐらいの体格で大柄ではないものの筋肉はきちんとついているし、個性的な部員を纏めてきたことで備わった貫禄がにじみ出ているから、それに慣れていない女子部員は怒鳴られたことで先程の威勢はなりを潜めてしまった。
すこし睨みつけてやるとごめんなさいと言ってくるが、彼に謝られてもどうにもならないし、謝るぐらいなら最初からやるな馬鹿とつい口を滑らせてしまい、それに不服そうな顔をする女子もいたが、正直どうでもよかった。
女子という生き物は1人が偉そうにしていることを面白くないと思う性質があるのだと女の子好きを公言して憚らない部員の1人が言っていたが、男子のように主将や先輩が絶対とは行かないから女子というものは本当に面倒くさい生き物だ。
ますます苦手になりそうだ・・・
しかし彼の目は怯えて縮こまる彼女らの中でただ1人、怯えの色をまったく見せず、ただただ驚きにその大きな目を見開いた1人の少女の姿を捉えた。
半年ほど前に一度見たっきりだが、あの時と同じポニーテールにした黄色い髪の毛をした彼女が目の前にいる。
バスケ部の誰かが持ってきた雑誌でも見たことのある整った顔をした彼女は普段の彼なら目を見て話すなど到底無理なぐらいに女の子らしい女の子で・・・
しかし今日は何のスイッチが入ったのか、彼女を真正面から見つめた彼は片手に抱えていたボールを彼女に放り投げて言い放つ。
「お前も、そんなにバスケが面白くないんだったら俺が相手してやる!!」
「へ?いや、でも・・・」
驚きながらも抜群の反射神経でそのボールを受け取った彼女はぽかんとしたままいきなりの乱入者を見返してくる。
彼が誰かはさすがに知っていたが、自分と係わり合いになることは無いのだろうと思っていたし、まさかバスケを挑んでくるなんて思うはずも無い。
それに高校生ともなれば男女の体格差が歴然として大きくなるので、これはある意味彼女への嫌がらせの一環なのかとも思ってしまう。
けれど彼はそんな戸惑う彼女の首根っこを掴むとずるずるとゴール下に連れて行ってしまった。
「ちょ、待って下さいってば〜〜」
「うっせ、いいからさっさと始めろ!!」
何なんだこの男子は!!
彼が男子バスケの主将と知ってはいるが女の子の・・・しかもモデルをやっている自分に対してこの仕打ち。
あまりの急展開に周りの男女バスケ部員はみんな二人の動向を遠巻きに見守るしかできないでいるからコートには彼と彼女が二人だけ。
そして彼は彼女がバスケで挑んでくるまでそこを動く気は無いらしい。
こうなったらもうやけくそだ、どうにでもなれ。
いくら相手が男子とはいえ、下っ端を自称してもキセキの世代と言われた自分が簡単に負ける筈は無いと手に持っていたボールをひとつき、床にドリブルさせる。
「どうなっても・・・知らないっスよ!?」
ダン。
さっきのドリブルを皮切りに少女のしなやかな体がゴール下に滑り込む。
床を蹴り、流れるようなスピードで彼を抜き去ると手に持ったボールをゴールに投げ入れようとしたのだが・・・
「簡単にはやれねぇなぁ!?」
「なっ!?」
すぐさま追い抜いていった彼女の方に体を切り返すとシュートの体勢に入る直前の彼女からボールを奪ってしまう。
とそのままボールを投げ込みさっさとシュートを決めてしまった。
ぱす、と軽い音を立てて彼の投げたボールは彼女の目の前でゴールネットを潜り抜けてゆく。
ボールはゴールを通過してそのまま誰にも拾われることなく何度か大きく跳ね上がった後、コロコロ転がった先にある壁でその動きを止めた。
『なんで・・・』
そのボールを横目でぼんやり眺めながら彼女は不思議な気持ちが湧き上がっていくのを感じていた。
体格と体力のある男子にかなうはずがないとか、大勢の前でよくも負かしてくれたなとか、そういった負の感情では一切無く。
むしろ・・・
『楽しい?』
バスケを始めて間もない頃に感じた高揚感。
あの時感じていたものと同じ胸の高鳴りが彼女の胸に押し寄せてくる。
まったく勝てなかったのに、ぜんぜん歯が立たなかったのに、それでも必死にボールを追いかけているだけで楽しかったあの頃。
久しく感じていなかったその気持ちにつう、と一筋の涙が頬を伝った。
あぁ、バスケはこんなにも・・・
『楽しいんだ・・・』
最高のチームメイトであった彼女たちはいないけれど。
彼女たちがいないから面白くないなんて思っていたバスケはこんなにも楽しかった。
もっと、もっとバスケがしたい。
ようやく辿り着いた気持ちに頬を濡らした涙をぐっと拭った。
「もう・・・かい・・・」
「あ?」
「もう一回っス!!」
彼がボールをゴールに入れたその瞬間から少女はその動きをぴたりと止めてしまった。
背を向けているせいでその表情は読み取れない。
そこまで来て彼はやってしまった、と我に返った。
勢いで彼女に1on1を挑んでしまったが、よくよく考えれば彼女は女の子なのだ。
いくらキセキの世代と言われても、体格も付いている筋肉も笠松のそれには遠く及ばない。
未だ後ろを向いたままの彼女の背中はとてもか細く、きつく掴んだら折れてしまいそうなぐらいにきしゃだった。
『どうしよう・・・』
もしかしたら泣かせてしまったのか?
ただでさえ女子が苦手なのに、泣いてしまった女子への接し方なんて無理にも程がある。
いや、でも中途半端な気持ちでバスケをされたくないし、でも相手は女の子で・・・つい男子と同じような扱いをしてしまったがそれが不味かったのか?
猛烈に後悔の念に苛まれるが、女子が苦手な彼にそれをフォローする術など知る由も無い。
二人のすることを固唾をのんで見守っていたギャラリーは静かなもので、誰も手を差し伸べてくれそうもなかった。
どうする?どうしたらいい?
頭の中ではぐるぐる困惑しているものの、自分が撒いた種だということと、男子バスケ部主将の面目を保ちたいが為に表面上はなんでもない風を装っているのだが、そろそろ限界が近い。
「もう・・・かい・・・」
なんとかしてくれーと泣きつきたくなってきた時、ようやく彼女が口を開いた。
「あ?」
あまりにも唐突過ぎて何を言っているのか聞き取れないでいると彼女がこちらを振り返ってきた。
身体の動きに合わせてポニーテールの黄色い髪がくるりと円を描いて揺れる。
「もう一回っス!!」
その瞳はさっきまでの無関心さを投げ捨てて爛々と輝いていた。
しかし少しだけ、ほんのすこしだけ潤んだ目元にやっぱり泣かせてしまったのかとドキリとしたが、先ほどのボールを拾って戻ってきた彼女は彼にそれを投げて寄越してくる。
「このまま引き下がるなんて出来ないっス!!
もう一回勝負してくださいっス!!」
さぁ、早くしろと先ほどとは逆に彼女が彼をゲームに急かす。
闘志と負けん気を露にした彼女の表情は彼が見たかった表情ではないけれど、あのつまらなさそうな顔よりずっといい。
「へぇ・・・
だったらっ、かかってこいよ!!」
こっちこそ望む所だ。
ぐい、と力強くコートを蹴ると彼女との火蓋が切って落とされた。
「はぁっ、はぁ・・・」
「は・・・あ・・・」
あれからどれぐらい二人でボールを奪い合っただろうか。
何度、ボールがゴールをくぐっただろうか。
それはどちらが放ったシュートだっただろうか。
何度挑んで挑み返したか分からないぐらいの時間を二人はただただ汗だくになって息を切らせてボールを追いかけていた。
ギャラリーは興味本位の一部を残して解散しており、外はすっかり真っ暗になっている。
遂に限界を迎えたのか崩れ落ちて座り込んでしまった少女の小さな身体の前に彼もようやく腰を下ろした。
「おいコラっ!!
これでもっ・・・楽しくねーってーのか?」
喋るのも一苦労だったがこれだけははっきりさせておかなければならないとならない。
荒っぽい声でそう聞くとぜえぜえと言う息の中、小さな声が返ってくる。
「・・・楽しかったっ・・・ス」
「聞こえねーなぁ?」
正面にいた彼には何とか聞き取れたが、自分にだけ聞こえても意味は無い。
挑発するように言うと今度はぐっと顔を上げた彼女が大きな声と・・・
「楽しかったっス!!!」
にっこり。
彼女の整った顔に浮かんだ笑みは不意打ちでしかない。
ぎゅう、と心臓が掴まれたように締り、ドキドキと振動が速くなっていくのが分かる。
そんな彼が彼女に返せた一言は・・・
「・・・・・・おう。」
の一言だけだった。
その後、練習もせずに何をしていたのかと二人して待ち構えていた顧問や監督にこってり怒られたが、周りにいた部員がことの次第を話してくれてそこまでお咎めを貰うことは無かった。
しかし教員にはどうしてそこでバスケをする流れになったのかと最後まで不思議な顔をされていたが、笠松ですら分からないものが答えられるはずもなかった。
けれどそれが良かったか悪かったのか、彼女はきちんと練習に出るようになったし、練習にも熱を入れ始めたらしい。
彼が怒鳴りつけた女子部員の一部はこんな部活なんて続けられないと退部してしまったものの、大半はきちんと練習するようになり今までそんな彼女らに手を焼いていた女子の部長に頭を下げられてしまった。
これで一見落着、男子も女子の嫌な空気を気にすることなく練習に集中することが出来る・・・そう思ったのだが・・・
「センパーイ!!
今日こそ決着をつけて貰うっス!!」
またか・・・
もはや男女海常バスケ部の名物になってしまった光景に彼はひっそりため息をついた。
元々明るかったのだろう彼女だが、あの1on1がよっぽど楽しかったのかをしめてしまったらしい。
男子もハードな練習でふらふらだというのに1on1をしろと何度連行されたことか・・・
今日もきっと彼女が限界を迎えるか、勝ちをもぎ取って納得するまで離してもらえないのだろう。
『だりぃ・・・』
しかしそうは思うものの、彼も最後には必死になってボールを追いかけて、バスケを楽しんでいるから彼女と同じ穴の狢ということになるのだけれど・・・
しかも誰の発案かは知らないが、二人に触発されたらしくいつの間にやら男女混成チームでミニゲームをやることが部活後の恒例になっていた。
ちなみに、男子はハンデとして両手足に重りをつけての参戦である。
一部男子部員は当初それを不服だと訴えたものの、女子と一緒に練習できてあわよくば彼女らと仲良くなれるというこの機会を逃す手はないと女の子大好きを公言して憚らない男子のレギュラー部員に諭され、今ではすっかり男子バスケ部は女子バスケ部との合同練習を楽しんでいた。
そしてその練習を進めた部員の目論見どおり、何組かカップルも誕生したらしい。
そんなゲームには当然、当事者二人も混成チームに強制参加である。
正直、今まで女子との会話はあぁ。とか違う。だけで済ませてきた彼にとっては不特定多数の女子と一緒のチームになるなんてストレスでしかないのだが・・・
しかし一度ボールを持てばバスケ馬鹿の方が勝るらしく、女子相手にも容赦なく激を飛ばしている姿が見受けられるのだが、本人は気づいているのかいないのか・・・ゲームが終わればいつもの調子に戻ってしまう彼にも理解できないのだろう。
そんな彼の唯一の例外となった彼女が今日も・・・
「センパイ、センパイ!!
1on1してくださいっス〜」
さっきまで男女混成のチーム戦で走り回ってきたのにまだバスケがし足りないのか。
ベンチで休憩していた彼の所へ走り寄ってくる。
「お前、疲れねーのかよ?」
普段の練習でもかなりの運動量なのに自由参加の男女混成試合にも出た上、さらに彼と1on1をしようというのか・・・
その細い体のどこにそんな体力があるのだろうかと聞いてみたところ・・・
「え?中学の頃はこんなん普通に毎日やってたっスけど?」
けろり、とした顔で言ってのける彼女は流石、全中三連覇チームに居ただけのことはあるのだろう。
それにすっげぇ強いエースがいたんスよーとニコニコしながらボールを手に彼を待っている彼女は高校のバスケ部に入ってきた頃に浮かべていたつまらなさそうな顔は一切見せなくなった。
それに随分と絆されてしまった彼は今日も彼女の誘いに付き合ってしまう。
そして・・・
「センパイ、今日も楽しかったっス!!」
とあの日、彼が見たキラキラした笑顔を向けてくれるようになったことが嬉しいと思っている。
どうして彼女にそんな感情を向けるのか・・・
彼が彼女にとてつもなく惹かれているなんて、気付くのはもう少し経ってから。