新年も明けて一ヶ月が過ぎ、2月に入った世間はすっかりバレンタインデー一色である。
スーパーやショッピングモールではハートを模った飾りつけがなされ、店頭には数々のチョコレート商品が売り出されて街中には甘くて可愛らしい雰囲気が漂っている。
そのチョコレート商品お横ではそれらと同じぐらい広さのスペースを取って手作りチョコの材料やラッピング用の商品も所狭しと並べられていて、お菓子作りが好きな年頃の女の子は皆、ついつい足を止めてしまう。
彼女も例に漏れずそのうちの1人であった。
しかし残念ながら今年は彼女が本命のチョコレートを渡したいと思える異性はいない。
けれど学校の友人達とチョコを交換する約束をしており、今年は何を作ろうかどんなラッピングにしようかなど考えながら一人で黄色い看板で有名な大型雑貨店に足を運んできた訳である。
足を踏み入れた店内は思った通り、バレンタイン関連の商品が入口付近の特設スペースいっぱいに設置されており、朝の早い時間に来たつもりだったのだけれど、そのコーナーには結構な人数のお客さんが集まっていて、それぞれが思う商品を真剣な眼差しで見比べていた。
彼女もそこに足を運ぶと先客たちと同じように綺麗なプリントが施された小さめの紙バッグをいくつか物色していたのだが、横から聞こえてきた可愛らしい声にふと視線を向けた時だった。

「あった!!」

(わ、可愛い。)

彼女が視線を向けた先では彼女の腰ぐらいまでの女の子がラッピングコーナーに走ってくるところであった。
しかしそれだけなら可愛らしいお客さんが来たと思って、少しスペースを譲ってあげるぐらいなのだけれど、小さなその女の子の容姿に彼女の目は釘づけになってしまった。
小学校低学年ぐらいだろう女の子は誰が見ても美少女と呼べる見た目をしていたのだ。
元々の綺麗な顔立ちもさることながら、琥珀色の瞳を縁どるまつ毛はくるりと上を向いていて大きな瞳を更に大きく見せていたし、何よりも色素の薄い金色に近い髪の毛と抜ける様な白い肌が少女の可愛らしさを更に引き立てている。
更に・・・

(お人形さんか雪の妖精さんみたい。)

まるで少女漫画のような感想を年甲斐も無く抱いてしまったが、その女の子は真っ白の毛糸で編んだケープを頭から被っており、ケープに付いているポンポンと同じ髪飾りで髪の毛を可愛らしく編みこんでサイドテールに結んでいるのだ。
活発に動く少女にあわせてふわりふわりとゆれる白い飾りが雪を彷彿とさせて大変に可愛らしいからこの感想は仕方ないのだと思う。
あまりじろじろ見るのも悪いと思いつつも、ついこの少女から目が離せなくて横目でちらちら様子を伺っていた彼女なのだが、目の保養から一転、今度は不安が込み上げできてしまった。
こんな美少女が一人で歩いてて大丈夫か?悪い人に攫われないかと心配になりながら少女の動向をきにしていたのだけれど、どうやらその心配は不要だったらしい。

「急に走って行ったら駄目っすよ、ユキちゃん。」

この少女はユキちゃんと言うのか。
字は彼女が思った雪ではないかも知れないけれど、彼女が少女に抱いた感想ぴったりの名前に少々得意げになってしまった。
しかし彼女の小さな自慢より少女を呼んだお母さんらしい人にまたびっくりする。

(うっわ、綺麗・・・)

この美少女の親であるから美人なのは当たり前だろうとは分かっているのだけれど、想像するのと実際にこの目で見るのとは大違いであると思い知らされる。
思わずまじまじと見つめてしまった女性は少女と親子だとはっきり分かるぐらいに同じ顔の作りをしているとても綺麗な顔立ちの美人であった。
しかも顔だちだけではなく、長い手足はすらりとしており顔はとても小さくてそこにいるだけで人目を引いてしまう魅力がある。
彼女は芸能人を実際にその目で見たことはかったけれど、女優さんみたいだと思ったものだ。
この女の人をテレビで見たことは無いから女優さんとは違う職業なのだろうけれど、それでもテレビで紹介されてもおかしくないのにと思ってしまう。

「ユキちゃん、ママお出かけ前に言ったっスよね?
 お手ては離しちゃ駄目って。」

「うん、ごめんなさい・・・」

この前、それで迷子になったでしょう?と綺麗な顔を少ししかめて怒るお母さんも見つかったことだし彼女としてはこれで一安心。
さて、中断していたラッピングの袋選びを再開しようかと手にしたままだった商品を棚に戻して、隣にあったものを手に取ったのだけれど・・・

「お前なぁ、また迷子になりたいのか?」

隣から聞こえてくる今度は男の人の声に彼女はまたしても隣を振り向いてしまった。

「パパぁ〜〜」

予想通り、少女の父親なのだろうがっしりした長身の男の人が彼女の隣にいる親子の横にたどり着いた所であった。
奥さんと娘さんと違って真っ黒な髪をしたお父さんは整った顔だが正直そこまで派手な見た目の人ではなかったけれど、この男性が押している有名なアニメキャラクターの人形の付いた子供用のカートには女の子が乗っていたではないか。
先に走ってきた少女より少し小さいから妹さんなのだろう。
お揃いの白いケープと妹さんの方は編みこみした髪をツインテールにしている小さな女の子は日曜の朝にやっている変身して戦うヒロインの持っている変身アイテムで遊んでいて、まだチョコレートよりもおもちゃの方が良いらしいが、しかしこの女の子もお母さんとお姉ちゃんそっくりな綺麗な顔立ちをしていた。
このお父さん、こんな美人な奥さんをゲットしてさらに奥さん似の娘が二人とか相当な勝ち組である。

(ってみんな思ってるんだろうなぁ・・・)

この家族を挟んで向こう側にいた客さんもちらちらこの家族を見ていたので、きっとみんなも彼女と同じ事を思っているのだろう。
あまりにも母娘がキラキラしすぎていて誰も話しかける勇気のある人は無いけれど・・・

(でも良いなぁ、こんな家族。)

両親に怒られてもきちんと愛されていると理解しているのだろう。
ちゃんとごめんなさいと言った少女は呆れ顔のお父さんに抱き上げられてしょんぼりしている。
しょげている顔すら可愛らしいのだから、美少女というものは恐ろしい。
お父さんも怒りつつもぎゅうぎゅう首に抱きついてくる娘が可愛くて仕方ないといった表情をしている。
その二人のやりとりはいつものことなのだろう、お母さんも仕方ないという顔で優しく娘に語りかけた。

「ほーら、ユキちゃん。
 ラッピング選ぶんでしょ?お顔上げないと選べないっスよ〜?」

「駄目!!見るの!!」

見ないなら帰っちゃおうかなぁと冗談めかして言うお母さんだけれど少女の方はそれを冗談であると見破るにはまだ幼くて、駄目だと叫んでお父さんの腕から飛び降りてしまった。
そのまま色々な形のハートが描かれたラッピングバックの前に張り付いてしまうのを見てお母さんはくすりと笑っていたのが見えた。

「ねーおかあさん、おもちゃはー?」

「リョウちゃんのおもちゃはさっき見に行ったから今は我慢っス。」

「はぁーい。」

棚に張り付いてしまったお姉ちゃんだけれど、カートに乗った妹の方は包装紙なんか見てもつまらないと唇を尖らせている様子すら美少女がやるとこれほど可愛らしいものはないだろう。
人差し指を口もとに当てて我慢、と言っている様子は大変様になっている。

(目の保養だよなぁ・・・)

彼女は女子であるが、この母娘の様子に羨ましいなんて感想を持ってしまった。
残念ながら彼女は顔も体格も人並みぐらいしかないけれど、こんな温かい雰囲気の家族には憧れてしまう。
私も将来、可愛い娘と子供を可愛がってくれる旦那さんが欲しいものだ、そう思ったのだが・・・

(あれ?)

可愛らしいやりとりをしている親子の中で1人、只ならぬ空気を纏っている人が一名。
何を隠そう、一家の大黒柱であるお父さんの様子が可笑しいのである。
さっきまで娘が可愛くて仕方ないという優しい笑顔を浮かべていたのに今では眉間に皺を深々と刻んで微妙な表情を浮かべていたのだ。

(もしかして・・・好きな男の子用なのかな?)

少女はこの店に来た時、一目散にラッピング用品の置いてあるこのコーナーに走ってきた。
今見ているものもリボンやビニールのバッグばかりであるから、きっと中に入れるチョコは手作りなのだろう。
可愛い可愛い娘が楽しげに選んでいるそれら、しかも肝心の中身は手作りの行き先がどこの馬の骨とも知れない男子ならばこの表情の理由も頷ける。

(そりゃ、お父さんとしては微妙だよね。)

彼女の父親も毎年、彼女がバレンタインのチョコレートを作っている日は何も言ってこなかったけれどどこかそわそわしていた。
ひっそり母親が父親は娘が誰にチョコを渡すのか気を揉んでいることと、同時に彼女からもらえるチョコを楽しみにしているんだと教えてくれて以来、彼女は不器用ながらも父親用のチョコを作ってきたものだ。
彼女の父ですらそうなのだから、この美少女の父親の心労は並大抵のものではないだろう。
きっと小学校なんかではモテモテなのだろうなぁと思っていたら、やっぱり彼女の予想は外れていなかったのだと思い知る。

「センパイ、気にしすぎっスよー
 ユキちゃんがあげたいって言ったんじゃなくて、コウ君が頂戴って言って来たんスから・・・」

「うるせえ、自分からチョコくれなんて言ってくる奴にわざわざくれてやる必要なんてねぇよ。」

予想以上の真実であった。
向こうからチョコが欲しいと言ってきたのか、なんとも最近の小学生は進んでいるものだ。
しかしなんと言っても一番彼女が驚かされたのはその度胸のある少年であるが、このお父さんの言う通り小学校低学年で女子にチョコレートをねだるような男子なんて大きくなったらそのコウ君とやらはどんな男になることか・・・
始めてこの家族を見た彼女ですら将来を心配してしまう。

しかし当のお母さんは綺麗な顔で苦笑を浮かべるだけで子供のすることですよ、なんて言うから更にお父さんの眉間には更に深い皺が刻まれていく。

「もーホントに大丈夫っスよー。
 それに隣のママさんがコウ君が女の子苛めてる男の子の事、止めてるの見たって言ってましたから。」

「だからってわざわざ作ったやつをやらなくたって・・・」

男前らしいっス!!と誇らしげに言うお嫁さんにそんなに欲しいならチロルでもくれてやれなんて言っている。
可愛らしいその会話に彼女の口元に思わず笑みが零れてしまったが、あまりニヤニヤしていては横で聞き耳を立てているとばれてしまうので違う商品を見るフリをして目を逸らせてしまった。

「ママ、決まったっス!!」

「はい、じゃあそれをレジのお姉さんに渡してきて下さい。」

「うん、行ってきます!!」

彼女が見ていないうちにお目当ての品を決めてしまった少女ははお母さんに大丈夫?1人で行ける?と聞かれて元気よく返事をしてレジの方に走って行ってしまったようだ。
そんな娘を追うように下の娘を乗せたカートを押して夫婦も移動してしまった。
正直、彼女にはこの家族が自分の隣に来てからいくつかラッピング商品を手に取ったけれど選んでいる余裕なんてなかった。
それよりもこの家族の事が見たくて、先に目をつけていたいくつかの商品を手に取って不審に思われない位置に移動する。
彼女が見ていた棚の裏側は沢山の箱が置いてあり、次はそれらを見ているフリをしながら店舗の中央に設置されたレジの近くでお姉ちゃんを待っている家族の事を横目に入れる位置を陣取った。

「もー、いい加減諦めましょうよ。
 今からこんなんじゃ結婚式とか耐えられなくなるっスよー」

「はぁ!?んなのまだまだ先の話だろーが!!」

娘さんが近くにいなくなったお父さんは先ほどより声を荒げてお嫁さんの言うことに噛み付いている。
しかしこのお母さんの言っている事はあながち間違ってもいないので正面切っての反論は出来ないようであるが・・・

「センパイはそんなこと言ってますけど女の子の成長は早いっスよ?
 高校になったらきっと素敵な彼氏が出来てますって。」

「どんな理屈だそりゃ。」

「私の経験談っス!!」

だから間違いないのだと胸を張ってにっこり笑うお嫁さんの威力についに負けてしまったようだ。
うっ、と一言唸った旦那さんはそのまま顔を赤らめて顔を背けてしまった。

(あぁ・・・
 この二人、高校の時からの付き合いなんだ・・・)

お嫁さんの口ぶりと旦那さんの反応から察するに、その自分が高校の頃に出来た素敵な彼氏というのはこの旦那さんの事なのだろうと伺える。
先輩、と呼んでいることからも学生時代からお付き合いをしているのだろう。
しかし唯でさえ美人なお嫁さんが更に綺麗に見える素敵な笑顔でそう言い切られてしまっては、旦那さんの方はもう何も言い返せないのも仕方ない。
そんな夫婦のやりとりに先ほどから彼女の口元はニヤニヤと緩んでいたが、このやり取りに遂に彼女は吹き出してしまった。
いけないいけないとこの家族から見えないように背を向けて湧き上がる感情を抑えていたのだが、そのうちに娘さんが帰ってきてしまったらしい。

「ママ、買ってきたっス!!」

「はい、良く出来ましたー」

誇らしげにお母さんに報告する声を聞き、見逃してはなるものかと後ろをそっと振り返る。
この雑貨店は専用の買い物袋の他にシーズン毎のイラストが印刷された買い物袋を用意しているのだが、今のバレンタインシーズン用のハートマークデザインの可愛らしい紙袋を持ち上げて両親に報告している少女が見えた。
褒めて欲しいというワンコのようにニコニコ笑って両親を見上げる少女にお父さんの方も機嫌を悪くしたままではいられなかったようで、ちゃんと買い物が出来て偉いと彼女の頭を撫でている。

「じゃあ帰って一緒にチョコ作るっスよー」

「うん。」

「りょーかもつくるー!!」

もう少しだけこの家族の様子を見ていたかったのだけれど、一家の買い物はこれで終わりらしく、お母さんの号令に可愛い二人の娘さんは小さな手を頭の上に上げておーと言って楽しそうに笑っていた。
どんなチョコを作るのだろうか、彼女も小さな女の子につられて友人用のチョコ作りに気合が入る。
この家族が彼女の隣にやってきてからそちらにばかり気を取られていたが、先に見繕っていたいくつかの商品を持って彼女もレジに向かおうとしたのだが・・・

「あのね、こっちの赤のがコウ君でこっちの青いのがパパの!!」

紙袋の上に開いた所から両親に中身を必死に説明する様子に一旦放していた耳と目が家族の所に戻ってしまった。
どうやらついでに作るのはお父さんにあげるチョコではなくコウ君とやらにあげるチョコの方だったようだ。
パパの好きなチョコケーキを作るのだと言って頬を紅潮させている様子は可愛くて微笑ましくて・・・横で見ている彼女ですらそう思ってしまうのだから、これを言われたお父さんの嬉しさは半端ないだろう。

「そっか、ありがとな。」

「うん、頑張って作る!!」

さっきまでの不機嫌な顔はどこへやら、少し大きめのつり目勝ちな瞳をふわりと緩めたお父さんが娘さんの身体を抱き上げてその頭を撫でてやる。
娘さんの方もそれがとても嬉かったようで、お父さんの首に小さな腕を回してぎゅうっと抱きついて、頭をぐりぐりとお父さんの肩に摺り寄せているのだ。
まだまだ好きな男の子よりお父さんの方がいいのだろう少女は嬉しそうに腕の中でニコニコ笑っていた。
確かに、この素敵なお父さんがいるのなら同い年の男の子なんか目じゃないだろう。

「センパイ、ホントにユキちゃんに甘いっスよね・・・」

「あまいねー」

しかし旦那さんの機嫌が直ったと思ったら今度はお嫁さんの機嫌が悪くなっていた。
子供用のカートから降りたがっていた下の娘さんを抱き上げながら口を尖らせているのだが、その顔ですら様になっているから美人というだけですごい威力を持っている。

(そういえば妹さんもお母さんとお姉ちゃんとそっくりだけど、目はちょっとお父さんに似てるかも・・・)

お母さんとお姉ちゃんはまごうことなく綺麗系だが、くりくりした大きな瞳のせいか少し幼い顔付きに見える妹さんは可愛い系かと思う。
そんな妹さんはお母さんの真似をしてぷーっと口を窄めている様子が可愛くて、目が離せなくなった彼女の足はその場でぴたりと止まってしまった。

「お前もこいつらにはたいがい甘いだろーが・・・」

「もー髪の毛、かき混ぜないで下さいっスー」

綺麗に梳かされた金髪を大きな手の平がぐちゃぐちゃとかき回すのに口では止めて欲しいと言うけれど、その顔はへにゃりと綻んでいるがとても嬉しそうな顔をしているから本当に旦那さんが好きなのだろう。

(いいなぁ、あんな彼氏欲しい。)

高校の頃の素敵な彼氏は成長して素敵な旦那さんかつ素敵なお父さんになったようである。
彼女に意中の相手はいないけれど、夫婦の様子を見ているととたんに恋人が欲しくなってしまうぐらいこの二人は幸せそうで・・・
結婚したら可愛い娘が欲しいな、なんてまだ見ぬ彼氏すら超えた未来予想まで想像してしまった。
「ほら帰るぞ。」

「はーい。」

「「はぁい!!」」

チョコ作るんだろう?というお父さんの号令でようやく家族は岐路についてしまった。
肩がくっ付く位の距離を保ったままの二人が腕から降りてはしゃぐ娘さんを追って店舗から出て行く。
その後ろ姿でさえ目を離すことが出来ず、結局彼女は家族が見えなってしばらくしてもこの場から動くことができなかった。
子供に優しい素敵な旦那さんに可愛らしい二人の娘さん、あのお嫁さんに憧れてしまうが、異性である旦那さんの方にも羨ましいなんて思ってしまう。
可愛いお嫁さんと、お嫁さん似の娘が二人なんて・・・羨ましいにも程がある。
あの旦那さんは絶対、友達などからそうかわれたことがあるに違いない。

「もーー何!?なんなのあの家族!!」

可愛かったーと思わず声に出してしまったぐらいに彼女は今、この事を誰かに言いたくて仕方なかった。

「早く買って帰ろっ!!」

興奮冷めやらぬまま、レジを終えた彼女は仲の良い友人達にメールをするためにスマフォのメール機能を立ち上げて文章を打ちながら店を後にした。
先ほどの家族が帰っていったドアをくぐりながら、また会えたらいいなぁなんて思いながら。