海常高校はかなり規模の大きな学校だ。
生徒の数もそうだが、運動部に力を入れているせいでグラウンドと体育館が複数個あるという他の学校がびっくりするぐらいの設備が整っており、それらが全て立ち並んでいる敷地の面から見ても大きな高校と言って良いだろう。
そんな海常高校の運動部は何処も全国レベルであり、体育会系のノリを発揮した文化祭や体育祭のイベント事は学生が多いことも相まって賑やかになる。
しかし勉学の方も疎かにしてはならないという校風もあり、そんな学校で3年間を過ごした学生達はそれぞれが母校に愛着を持っていたし、将来自分が教師となってこの母校に戻ってきたいと願う生徒は多かった。

彼もそのうちの1人である。
大学で教員免許を取得後できるなら母校での勤務をと望んでいたのだが、残念ながら公立とは違って私立学校は教員の入れ替わりが頻繁に行われない。
教員免許を取って卒業となったその年は彼の担当する教科の採用は海常高校では募集されず、彼は母校ではない学校に就職となった。
そこから教師として勤め始めて数年後、彼が29歳になった年に彼は幸運にも学生時代にお世話になった恩師の紹介で彼は念願の母校で教師として教鞭をとる夢を実現することができたのだ。
念願の母校の教師である、緊張の面持ちで今年の新入生と共に入学式に望んだのはまだ新しい思い出だった。





「なー、一緒に昼飯食おうぜー」

休み時間の学校というのはどの学校でも騒がしいものだ。
その中でも賑やかなのはやはり昼休憩の時間だろう。
春の陽気と馴染み始めた新しいクラスの生徒達が楽しげな声を上げて校舎や中庭などに溢れ返っていた。
そんな騒がしい校舎の中では比較的静かだとはいえ、教師が詰めている職員室の中も昼食の時間とあっていつもより少し賑やかになる。
4時間目の授業を終えて職員室に帰ってきた彼も昼食にするかと決め、コロコロの着いた椅子をクルリと180度回転させて後ろの席を振り返った。

「んーいいけど?」

4時間目を使って採点していたらしい小テストを纏めていた教師が彼の呼びかけに返事を返して机の上から顔を上げた。
彼の通路を挟んですぐ後ろの席を使っている歳より少し若く見られる顔をした真っ黒な髪の同僚は彼と同じ年に海常を卒業したいわゆる同窓生である。
学生時代は同じクラスになった事が無かったけれど、お互いにサッカー部のエースとバスケ部のキャプテンということもあり、あぁあの・・・といった感じで顔は思い出せるぐらいの関係であるが、彼が母校に教師として赴任してきてからは同じ学年の担当だったということもあり、担当の教科は違えど赴任当初から何かと顔を合わせることが多かった。

「で、今日はなんの話が聞きたいんだ?」

「あークラブ顧問のこととか聞きたい。
 サッカー部の顧問やってくれなかって頼まれてさ。」

そしてこの同僚は彼と違って、大学進学後直ぐに母校に赴任することの出来た幸運な人物である。
なんでも彼の担当教科の教師陣に丁度空きが出来ていたことと、学生時代に所属していたバスケ部の顧問からの後押しもあって新社会人の頃から海常で勤務していた。
同い年ではあるが海常の教師としては先輩である同僚はこれがなかなかに頼りになる存在である。
彼も教師として数年勤めてきているが、海常に赴任してきてからまだ数週間も経過していない。
ここの卒業生とはいえそれは学生として所属していた頃の話なので、教師の仕事としてはまだまだ分からない事が多くある。
同じ教科担当の教諭に聞いてもいいのだけれど、同い年の同窓生である話やすさと前後席という特権を使って彼は時間を見つけてはこの同僚に色んなことを教えてもらっていた。
バスケ部の主将をしていたぐらいだから面倒見の良い性格であった同僚も進んで彼に自分の持っている知識を教えてくれるから大変助かる存在である。
同い年の二人は妙に馬が合い、新任教諭の歓迎会を含めてももう数回はこの同僚と帰りに居酒屋に寄ったこともあり、学生時代の話を持ち出して笑い合える関係を築いていた。

「あーサッカー部の顧問も歳だもんなぁ・・・
 確かお前のいた頃からいたよな?」

「そうなんだよ、そっちと一緒。」

出会った当初は先に母校に赴任できた同僚に対して大変羨ましいと思ったこともあったが、しかし推薦してくれた顧問に色々とこき使われている話を聞くと良い事尽くめでもないようであるが・・・
膝が痛くて無理ができないだのもうワシは歳だからとかいう理由で副顧問というかコーチのような扱いとなっているこの同僚がバスケ部の遠征の際はいつも引率者を任されているらしい。
それはそれで勉強になって良いとは言っているが、膝が痛いのは太りすぎが原因だろうに・・・と、この前の帰りに呑みに行った時に溢していたのを思い出す。

「だからとりあえずどんな感じぐらい教えといてよ。」

運動部ごとに特色はあれど、他の部活の話を聞いておくだけでも十分参考になるはずだ。
そう言う彼に同僚の方も悪い顔はせず、今日も昼休みを有効活用する為に昼食を取りながらの会話になるはずであった。
しかし今日はどうもその様子が違っており・・・

「あれ?お前の弁当なんか妙に可愛くなってないか?」

「ん?」

出勤前にコンビニで買ってきたサンドイッチの封を破りながら、同僚の取り出したお弁当箱の中身を見た彼は目を丸くした。
彼が転勤してきてからこちら、お互いに昼の予定が無い日は大概こうやって昼食を共にしている同僚とは毎日お弁当を持ってきているのだけれど、昨日までは白ご飯がお弁当箱の約半分を占めておかずもフライ物や炒め物といったいかにも男の弁当という様子であったはずだ。
同僚は副顧問を務めているバスケ部で自ら部員らの練習に混じって身体を動かしているというのだから同い年の教諭より随分と引き締まった体つきをしているし、食べる量も多いと知っていたが、それを見て高校生のお弁当と同じだなとからかったのは記憶に新しい。
しかし1人暮らしをしており、毎日出勤前に購入してきたコンビニ弁当や学校と契約している業者が作ってくれる仕出し弁当が毎日の昼食である彼にとっては家族が作ってくれる弁当が毎日食べられるのは羨ましい限りだ。
学生時代、毎日弁当を作ってくれた母親に今になって感謝しなければならないとしみじみ思うぐらいに。
しかも時折、一口くれよと言って分けてもらう同僚の家のオカズはとても美味しかった。

「なんか、女子のお弁当みたいな・・・」

しかし今日は同僚がお弁当の蓋を開けてみるといつもの弁当箱の中に詰め込まれたご飯は白米ではなくカラフルなチキンライスに変わっているし、おかずも一口ハンバーグにポテトサラダと可愛らしさ重視のラインナップでさらにデザートにイチゴまでついているときた。
これは同僚に彼女あたりが出来て、彼女がお弁当を作ってくれるようになったとみるべきだろう。
このやろう羨ましいぜ、一口と言わず半分寄越せなんていってからかってやろうとしたのだが、同僚の口から返ってきた答えは一人身の彼を予想以上の絶望に追いやることになった。

「あー娘が今年から幼稚園入って弁当がいるようになったからな。
 そっちに合わせたら、な・・・」

さも当たり前のように同僚が言ってのけた回答であったが、彼にとってその答えは予想だにしない答えでしかなかった。
だって・・・まさか・・・

「は?お前、子供いたの?
 つーか結婚してたの?」

今までこの同僚のお弁当は実家で一緒に暮らしているお母さんが毎日用意してくれているのだと思っていた。
いや、高校の頃はサッカー部のエースストライカーで見た目も悪くなかったせいで女子の人気がそこそこ高かった彼が未だ一人身だという事実もあってそう思い込みたかったのかもしれない。
多少失礼だとは思うけれど、彼の学年でバスケ部の主将が女子が苦手で目を合わせることすら出来ないという話はなかなかに有名だったことも手伝って、彼のカミングアウトはまさに晴天の霹靂である。
思わず椅子を転がす勢いで立ち上がり、同僚に詰め寄ってしまうぐらいに彼は動揺を隠せなかった。

「は?お前、何を今更・・・」

「今更って・・・」

冗談だろ、と思いたい気持ちに反して彼はこの同僚がノリも良いし生徒と冗談で盛り上がれるぐらいに柔軟ではあるが、嘘や悪い冗談は嫌いであると知っているからこれは本当の話なのだろう。
しかも自分で今更とか言っている上、幼稚園の娘とくれば結婚してそこそこの年月が経っているということ。
まじか、ありえない、あのバスケ部主将が・・・と床にしゃがみ込んでブツブツ言っている彼に笠松君とこの奥さん、料理上手だよねーと同僚の隣の席に座って食後のお茶を飲んでいる後数年で定年という熟練の教師がうんうんと頷いて追い討ちを掛けられてしまえはもうこれは真実なのだと認めるしかなかったけれど・・・。

「いつだ・・・いつ結婚した?」

しかし同僚の結婚を認めはしたが、どんな家庭を築いているのか想像が付かない。
もうこれは無理にでも聞き出すしかない、彼はずずっと自分の顔を近付けて同僚に詰め寄った。

「あー25になる歳に結婚して、次の歳には出来てたから・・・」

「早っ、何なのお前!?
 高校の時は女の子の目すら見れない純情ボーイで有名だったのに!!」

「うっせぇ!!」

頬を顔を赤くして顔を背けていた同僚だが、彼の失礼な一言にシバくぞと言いながら思いっきり睨み付けられた所でいつもの何割かの迫力も出せていない様子だ。
流石に少し言い過ぎたかもと思わなくもないけれど、しかし彼もここで引くわけには行かない。
二人は現在29歳、三十路の足音はもう直ぐそこまで迫っている。
男は30代からとは言うけれど、無意識に自分と同じ境遇だと思っていた同僚がこれなのだ、今の彼は焦りでいっぱいだ。

「あーもう、聞いてねぇよー」

「だって聞かれなかったし?」

「いやまぁそうだけど・・・」

吐き出すように呟いた言葉に返ってきた答えは確かに正論ではあるけれどそうではないだろう。
でも実際、同僚の左手薬指に指輪がつけられている所は見たことが無いし、仕事帰りに飲みに行こうという誘いだって今の所は断られたことは無い。
合コンは絶対に行かないと断言されたが、それも女子の目が見れないから行かないという理由だと思っていた。
正直言ってしまおう、彼はこの同僚を未だお母さんがお弁当を作ってくれている一人身の可哀相なヤツだと思っていたのだ。
結婚している素振りが全く見られなかった余計に同僚が妻子持ちだと暴露されて混乱してしまう。

「指輪は週日中はバスケのボール持つのに邪魔だからしてない。
 飲み会は同僚付き合いも大事だろって嫁さんが言うからある程度は参加してる。」

「はぁ!?何だよその嫁さん!?」

指輪をしてないことに怒らないどころか旦那に飲み会を勧めるなんて理解ありすぎだろう、その嫁さんは。
女神か!?菩薩か!?それとも同僚の妄想の産物なのか?
そう思うと俄然、この同僚と結婚したという女の人に興味がわいてくる。

「なぁ・・・写真とかねぇの?」

「・・・なんだよいきなり。」

暫く一人でひとしきり身悶えていた彼を放置して黙々と弁当を平らげていた同僚にもう一度詰め寄ると、冷ややかな視線を返された。
さっきので懲りただろうにまだ何か聞きたいことがあるのかという目線にもめげず、彼は同僚の目を見て聞いてみる。

「一枚ぐらいあんだろ?
 例えば・・・その携帯の中とか?」

「っっ!?」

机の上に無造作に放置されていた携帯を指差すと同僚は血相を変えてそれを掴むと彼を真正面から睨み付けてくる。
この過剰な反応を見るに、携帯の中には確実に家族の写真の入ったフォルダーが存在するに違いない。
見たい、ものすごく見たい。
学生時代、女子と目を合わせられなかったという同僚の心を射止めた相手と言うものを是非とも見てみたいと思うことは悪いことだろうか?
彼の同窓生に聞いたらきっとみんな否と返してくれることだろう。
彼の女子に対する苦手意識を克服して結婚まで漕ぎ着けた噂のお嫁さんというのはどんな顔をしているのだろうか?
同僚には失礼だけれど、女性に見えない外見でもしているのだろうか・・・彼の勝手な妄想は膨らむ一方だ。

「見せろ!!
 さぁ潔く諦めて見せろ!!」

同僚が必死に彼から遠ざけようとしているその携帯の待ち受けに愛しのお嫁さんと娘が映っているのだろう?
これを帰りに呑みに行った時にやると容赦の無い拳骨をお見舞いされるが、職員室の中といういつ生徒が入ってくるかも分からない所では同僚も力ずくと言うわけにはいかず、ずいずい差し出される彼の手に真底迷惑そうな表情を浮かべることしか出来ないでいる。
そんな時、彼の前に強力な助っ人が現れた。
さっきの隣に座っていた往年の教諭である。
見せてあげたらいいじゃない、減るもんじゃないしたまにはお嫁さんの自慢もしたら。とまだまだ新米の教師二人を眺めていた教諭は朗らかに笑いながら彼に加担してくれたのだ。

「や、でも・・・」

この大先生と同僚の教師にも生徒にも渾名される教諭は彼らが学生として海常に通っていた頃よりも前からこの高校にいるので、彼も同僚は逆らうことが出来ない。
ナイスだ!!と彼は心の中でガッツポーズを作って攻めの姿勢をさらに強くしたけれど、彼はこの教諭が次に口にした言葉をすっかり聞き逃していた。
でも君の方がショックを受けるかもしれないけど・・・なんて言っていた言葉を聞き逃していなかったらこんなことにはならなかったかもしれないが、後悔しても後の祭りでしかない。
この時の彼は同僚に携帯の中身を見せて貰い、自分の好奇心を満たすことしか頭になかったのだから・・・

「っち・・・分かったよ。」

「おう。」

一瞬だけだからな!!と言う言い方にガキみたいと思うが、彼も相当に子供っぽかったのであるが・・・
とにかく彼のしつこさに折れた同僚はしぶしぶ携帯のロックを解除して、彼の予想通り待ちうけ画面にしていたのだろう家族の写真を見せてくれた。
ホクホクという顔でその写真を覗き込んだ彼であったのだが、その表情が見る見る凍り付いていく。

「え?」

娘がいるという事は先ほど言っているのを聞いたが、まさか二人もいたとは・・・
七五参の時にとったのだろう写真の真ん中には真っ青な海色に白と桃色の花がたくさん描かれた着物を着たお澄まし顔の小さな女の子。
その横に写っていたのはスーツを着た同僚の腕に抱っこされた子供用の真っ白なレースでできたワンピースを着たまだ1人で歩くのもままならない1歳ぐらいの女の子。
しかし彼が驚いたのは同僚の娘がどちらも綺麗な金髪をしたかなりの美少女で、父親に全く似ていなかったことではない。
写真に写っていた最後の一人、同僚の横で花が綻ぶように微笑んでいる二人の娘の遺伝は確実にここからだろうと分かる綺麗な金色の髪をした美人が彼の瞳を釘づけにしたのだ。
この写真に写っている女性は彼らの高校時代のマドンナ的存在だった女性で・・・

「お前っ、これ・・・」

「・・・・・・。
 だから見せたくなかったんだよ。」

ぶすっとした顔でそっぽを向いてしまった同僚など今の彼の視界には入らない。
間違いは無いはずだ、彼が覚えている当時の記憶はまだ高校生の頃の顔であるが、ここに写っている女性は確かに彼の、いや彼と同じ時期から3年後ぐらいまでの海常高校卒業生なら知らない生徒はいなかったというぐらいの有名人であった。

「お前、キセリョと結婚したのかよ・・・」

ありえない、と彼の口から力ない呟きが漏れる。
キセリョ・・・黄瀬涼子と言えば、中学の頃からティーンズ雑誌を中心に活躍していた人気のモデルである。
誰が見ても美人と言える整った顔とすらりとした長身と手足を持った彼女が廊下を歩いているだけで男子生徒も女子生徒も思わず見とれてしまうような高嶺の花の存在であった。
そんな人気モデルは彼らより2学年下、3年生の時に1年生であったが、海常高校に人気モデルが入学してきたとあって、在学中はなにかと彼女の話題は尽きることはなかった。
そんなキセリョは今ではOL向けのファッション雑誌の表紙などでよく顔を見かけることが出来るが、すでに結婚しており二人の子供がいる話はなかなかに有名だ。
特に結婚前の騒動はそこそこ大きな話題にもなった人物で、なんでも嘘の熱愛報道が報じられた際に当時付き合っていた恋人からそれなら結婚してしまおうといったプロポーズを受けてめでたくゴールインしたそうである。
彼の当時の恋人は彼女の大ファンで、この報道を聞いてうっとりした顔をして素敵・・・だとか私もこんなプロポーズをして欲しいなんて言っていたのを思い出す。
結局、些細な喧嘩が原因で別れてしまったのだけれど・・・

「なんで!?
 てかあの彼氏ってお前の事だったの?」

「いや、なんでって言われても・・・」

しかしそういえば彼女はモデルとしても大変有名であったが、当時の海常高校での彼女はそれと同時に女子バスケのエースという肩書も背負っていたから2学年の差はあったとはいえ、男子バスケ部の主将であった同僚は彼女と親密になれる接点を持っていたことを思い出した。
遠巻きにしか見ることができなかった彼よりずっと、この同僚は彼女の近くにいたのだ。
あり得ない、と先ほど同僚の結婚している発言よりずっとすっと衝撃が強い事実にあり得ないという言葉しか彼の口から出てこない。
さっき聞き逃した大先生の呟きはこのことを示唆していたのだが、茫然自失の彼の前には何の慰めにもならなかった。
その原因となった同僚はブツブツ文句を言い続ける彼をもう無視することに決めた様で、残りの弁当をさっさと完食してしまい、小テストの採点の続きに戻ってしまった。
その余裕の表情ですらなんだか彼へのあてつけの様に感じてしまう。
当然、彼の勝手な被害妄想であるのだが、当時の海常高校ヒロインを射止めてしまった上に、娘はどちらも彼女にそっくりと来た同僚にはこのぐらいの恨みは甘んじて受けて貰ってもバチは当たらないだろう。
そもそも彼ではなくてもこの事実を知れば皆この同僚に怨み言を言うに違いないと思い、つい口に出してしまったのだけれど・・・

「お前・・・恨まれるぞ。」

「今まで存分に聞いてきた・・・」

しかし当の本人ときたらすっかり悟ったような顔でさらっと返してくれたのだから、彼の言う通り今まで散々言われて言われ慣れてしまっているのかもしれない。
まぁ彼が知らなかっただけで、バスケ部の面々はきっと知っていただろう事実は同僚にとってはそこまで衝撃ではなかったようだ。
その事実に少し悔しい気持ちはあるけれど、子供の様に拗ねるのはそろそろやめようと30歳を目前に控えた彼も大人の対応をしようとしたのだけれど・・・

「でもま、幸せだけどな?」

「うっわ〜〜〜」

にやりと唇の片方だけを上げて笑う同僚にさっきまでの謙虚さは完全に吹き飛んで行ってしまった。
やっぱりあり得ない、なんてこいつが・・・と再び恨み言を言ってしまいそうだけれど、しかしこれ以上、同僚の嫁さんのことを聞きだそうなら自分の方が当てられて参ってしまうと確信した彼は二度とこの同僚の前で家族の話題を出さないと心に誓うのであった。