その髪に触れるのが好きだ。
その肌に触れるのが好きだ。
その髪と肌を持つ彼に触れるのが一番好きだ。

その髪も肌も、自分の為に整えられていると知って真底彼を愛しいと思った。






「お前、毎朝それやってるの?」

「へ?」

おでこの辺りに幅広のバンダナで前髪を止めて洗面台の前に立つ平均身長より随分と背の高い男の前に置いてあるいくつかの洗顔剤の瓶。
その誰もがTVのCMで見たことがあるだろうぐらいにで有名なニキビ予防を謳う洗顔セットを使っている同級生や部員は意外と多い。
修学旅行や合宿で使っている男子生徒をよく目にした記憶があるからだ。
けれど、なぜか黄瀬が使うと同じ商品のはずなのに高級品に見えてしまうから不思議である。
吹き出物ひとつニキビひとつ見当たらない白い肌は見るからに滑らかで艶を帯びていて、この洗顔料を使えば本当にこんな綺麗な肌になると錯覚してしまいそうだ。
これが彼が人気モデルであるゆえんだろうか。
彼の事務所がモデル活動の妨げになるぐらいに厳しいバスケ部の活動を優先したいという我が侭を聞いてまで彼を手放したくない気持ちが分かる気がする。
笠松は黄瀬のモデル活動に興味はないけれど、妙に説得力をかもし出す黄瀬の様子には考えを改めなければならないかもしれない。

「毎日って・・・毎日しなかったらいつするんスか?」

柔らかそうなタオルを優しく肌に押し当てながら、水滴をそっと拭った黄瀬がバンダナを外しながら不思議そうな顔で笠松を見てくる。
その拭き方をもどかしいと思うけれど、ごしごし拭くと肌が荒れるのだと言い返されてしまった。

「めんどくせぇな・・・」

顔も洗えればそれでいい、髪もバスケをするのに邪魔だから極力短くしている笠松にとって、黄瀬の苦労の一つとして自分がしたいと思えない。
そんなことをしている暇があるなら明日の練習メニューを練りたいし、次の対戦相手の戦略を考えたいと思ってしまう。

「センパイが気にしなさすぎなだけっス。
 まぁ、確かにここまでやる男もあんまり居ないっスけど・・・」

そう言う黄瀬は昨日の夜もなにやら色々と取り出してきては、肌に塗ったり髪につけたりと忙しくしていた。
仕舞にはマイドライヤーまでカバンから引っ張り出してきたと思ったら弱風にしてゆっくりゆっくり時間をかけて髪を乾かしていくのだ。
タオルであらかたの水分をふき取った後、自然乾燥に任せながらちまちまと身づくろいをしていた黄瀬を横で見ていた笠松がもっと熱くして一気にやってしまえと言ってしまったのだが、そうすると髪が焼けて指通りが悪くなるのだと、先ほどと同じ顔でぷうっと頬を膨らませていたのを思い出す。
しかしそう言われると確かに黄瀬の髪は同じ男子高校生の誰よりも綺麗で艶やかで、その髪に手を入れるとふわりと笠松の手の平の上をすべるように落ちていくのだ。
その質感は全て黄瀬の努力の上に成り立っているのかと思うと、たかがモデルという認識をやはり改めなければならないかもしれない。

「ふーん。」

しかし改めた所でやっぱり笠松には理解できない世界であったし、そもそもそんなことを黄瀬にわざわざ言ってやるつもりもなかった。
言えば調子に乗った黄瀬のウザさが増すことと、気恥ずかしさで気の無い返事を返してしまう。
その反応を不服に感じたのだろう、黄瀬がむすっと唇を尖らせて笠松の方を向き直ってきて・・・

「そんなこと言ってセンパイ、俺のほっぺた触るの好きなくせに・・・」

「はぁ!?」

してやったりという顔で告げてくる黄瀬の顔を見返しながら不機嫌な声が口から出てしまった。
しかしそんなことは無い、と言う前に黄瀬がその笑みを深くしながら更に言葉を重ねてくる。

「ホントっスよー
 気が付いたらぺたぺたぺたぺた触ってくるっスもん。」

「マジで・・・」

その顔に少しイラっときてしまったが、生意気で自信家な性格をしているが黄瀬は不要な嘘をつく人間でもないと知っている。
だから彼の言葉は信用に足るものであるし、黄瀬が言うならそれは本当の事なのだろう。
コピー能力に秀でているという性質上、黄瀬は見た目の軽さから付き合いの浅い人間では想像できないぐらいに人の感情や態度の動きに敏感でもあったから間違いは無い。

「うっわ・・・」

知らなかった。
そして黄瀬本人にそれを指摘されて笠松の顔に熱が篭っていくのが分かる。
キラキラ光る黄色い頭には良く手を伸ばしていると自分でも思うが、頬にまで手を伸ばしているとは気が付かなかった。
よほど無意識に触っていたらしい。
自分の事ですら客観的に見れていると思っていただけに恥ずかしさを感じてしまう。

「あーその、悪かったな・・・」

恥ずかしさと、そしてしかしいくら撫で心地が良いといっても相手は良い年の男である。
いくら笠松が気に入っていても子供にするような扱いはあまり嬉しくないのだろう、そう思ってついあやまってしまったのだが、黄瀬の方は先ほどの不服そうな表情から一転、頬を少しピンク色に染めて、視線を少し逸らして・・・

「もっと触ってくれても・・・いいっスよ?」

「へ?」

小さな声だったが、笠松の耳は黄瀬の言ったことを一字一句間違いなく捕らえた。
しかし自分が思っていた反応と違うものが返ってきたことと、黄瀬の見せる表情にとっさに何を言っているか分からなかった。
ちょっと恥ずかしそうなその顔の理由も・・・

「や、だって・・・センパイが撫でてくれるの、好きだし・・・」

さらに目を逸らして告白する黄瀬は髪も肌も笠松が触れてくれるから気にして手入れをしているのだというのだ。
さわり心地が悪くなって触ってくれなくなるなんて嫌だと、そう言うのである。
女子かお前は・・・
しかしそう思いつつも、そんなことを言われてはこれから触らないから、と先ほどまで考えて声に出そうとしていた言葉も続けられなくなる。
それにそこまで黄瀬が言うのであれば、そして自分が無意識にでも気持ち良いと思っている彼の頬を触りたくなった。

「触っても・・・」

いいか?と聞かずともこくりと笠松より上にある綺麗な顔が頷いたのを見て、その少し桜色に染まった頬へ両手を添えた。
恐る恐る包むように触れた頬が手の平に触れる肌はしっとりしていて滑らかで、ふわりと温かい。
あぁ、確かに病みつきになってしまいそうなほど彼の頬は気持ちがよかった。
笠松の頬も緩んでしまうのが分かる。
しかしそれ以上に・・・

(しまりのない顔・・・)

見上げる黄瀬がふにゃりと表情筋を緩めて笠松を見下ろしている。
今の彼に雑誌なんかで見る取り澄ましたモデルの顔は全く見られない残念なぐらいの崩れ様だけれど、笠松としてはむしろこの表情に愛しさが募った。
だって彼がこんな安らいだ顔をするのは自分の前でだけなのだから、嬉しくならないはずが無い。
触れているだけたっだ手をそうっとそうっと壊れ物を扱うように撫でていく。

「お前の方が撫でられるの、好きじゃねーか。」

撫でられている黄瀬はへにゃへにゃとまるで気持ちの良い所を撫でられているネコのように、もっと撫でろと笠松の手に自らの頬を摺り寄せてくる。
その様子を言い表すなら可愛い、の一言に尽きるだろう。
身長も体格も笠松よりずっとよくて、顔もイケメンモデルと言われる程に整っている男に可愛いなんて感想を抱くのは自分ぐらいのものだけれど、誰にも黄瀬のこんな顔を見せたくはないし、この顔を見られる特権は誰にも譲ってやる気はない。

「センパイ限定っスー」

「当たり前だばーか。」

笠松が思っている事を察したかのようなタイミングで甘えた声を出して嬉しいことを言ってくれる黄瀬に、けれど憎まれ口を叩いてしまう。
しかしその声には隠し切れない嬉しさが篭っていたし、込み上げてくる気持ちに手の平だけでは飽き足らず、無意識のうちに綺麗なその顔を引寄せると、滑らかなその肌に唇を寄せた。
触れるだけの唇から伝わる熱とその柔らかさに何度も何度も場所を変えて唇を落としていく。

「やっぱセンパイ、ほっぺに触るの好きじゃないっスかー」

「お前限定だよ・・・」

くすくすとくすぐったそうに笑う黄瀬に同じ答えを返してやって、次はその唇に自分のそれを寄せた。






艶やかな髪に、すべらかな肌に、しっとりとした唇に。
誰にも見えないけれど自分のものだという証を彼の中にしっかり残し、自分より大きな身体を抱き締めた。