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『映画に行きたい。』

ウインターカップも終わり、次いでやってきた正月モードも終わりを告げ、3学期が始まる前々日。
いつもは返信してもしなくても良いようなとりとめのないメールを送ってくる黄瀬が珍しく笠松に返事を要求するようなメールを送ってきた。
受験生を捕まえて遊びに行きたいとはよくも言えたものだとメールを開いた瞬間思ったのだけれど、正直ウインターカップが終わって直ぐに高校最後の試合への感慨も振り払って受験モードへと突入してしまったせいで、正直ここのところダレてきていた。
年末年始も学習机に張り付いていたせいで、今も机には向かっているがいまいち勉強に身が入らないでいる所にやってきたこのメール。
一瞬でも遊びに行きたいと思ってしまえば最後、指先は返信ボタンを押して短く行くという返事を送ってしまっていた。
送信ボタンを押して直ぐに少しばかり罪悪感が沸いたが、勉強ばかりでは肩が凝ってしまう。
そして毎日電話もメールもしているが、年末に顔を会わせたのを最後に顔を見ていない可愛い恋人に会いたいと思ったのも事実で・・・

「まぁ・・・たまにはいいよな?」

笠松の将来の進路がかかる受験を前に聞き分けの良い振りをしているが、構って欲しがりの恋人が長い期間会わないとなるとそろそろ寂しがってくる頃だろう。
それまで毎日のように部活で顔を会わせ、一緒になってボールを追いかけていたから尚更・・・
正直な話、自分もそろそろ黄瀬と会えない日々に限界を感じていたのだけれど、年上の矜持というか笠松の性格上、隠しておきたいので何も言わないでおく。
このどちらにとっても好都合なこのお誘いに明日が来るのが楽しみになってきた時、メールを送ってから数分もしないうちに相手からの返事が来たようだ。
机の端の方に置いた携帯が震えている。
笠松が珍しく直ぐに返信をしたこともあるだろうが、メールの早い黄瀬の事だから彼以外の返信ではないだろう。
はいはい、と一人で相槌を打ちながら携帯を取ろうと手を伸ばしたのだが、なかなか止まらないバイブレーションがこの着信がメールではなく電話であると知らせてくる。
きっと行くという返事を貰えた嬉しさでメールを打つのももどかしくなって電話をしてきたのだろう。
電話相手が浮かべているだろう表情が自然に思い浮かび、ディスプレイに表示された予想通りの名前にくすりと唇に笑みを浮かべてから通話ボタンを押した。

「もしもし?」

笠松が口を開く前に電話口から聞こえてきた恋人の声は明らかに弾んでいて、嬉しいという気持ちが隠しきれないのが電子変換された声からも滲み出ている。
矢次に笠松の状況を尋ねたり自分の近況を報告してくる声に思わずもっとゆっくり喋れシバくぞと言ってしまったぐらいであるが、自分の声もきっと弾んでいたかも知れない。
とりあえず新年の挨拶をして、明日のことについて話を詰めたが、こういった集まりに馴れている相手は一度その話に切り替わると手際よく予定を決めてくれるから助かる。

「・・・分かった。
 じゃあ明日・・・」


はい。という返事を聞いて電話を切った。
向こうはまだ喋りたそうな名残惜しいさが声に滲んでいたのは分かったけれど、どうせ明日になれば直接会えるのだ。
いつもはもっと話したいだのぐずぐず言う黄瀬も今日ばかりは大人しくおやすみなさいと返してきた。
さて、ならば自分も今日はもう寝てしまおう。
机の上をさっと片付けるとさっさと布団に入って眠りについた。
明日は何をしようか、楽しみを抱えながら。








早く会いたい気持ちは分からなくもないが、せっかく部活も無い休日に早起きもしたくないと約束をしたのは11時。
しかし長年の体育会系で培ってきた習慣で集合時間より早く着くように家を出てしまうのは笠松も向こうも同じだったようだ。
というか、今日のデートに乗り気だった相手は案の定、笠松より先に待ち合わせ場所に来ていた。

「寒そ・・・」

年末は長身の選手がそこかしこに集まっていたウインターカップの会場にずっと通いつめていたせいで、目の錯覚を起こしていたが、周囲より頭一つ二つ上にある黄瀬の姿を人ごみの中から見つけるのは容易である。
しかし相変わらず男なのに綺麗という感想の似合う黄瀬は色素の薄い金色の髪と抜けるような白い肌のせいか、駅前に立っているだけなのに彼の回りだけ光が当たっているのではないかと思ってしまうが、それより先に笠松の口から出た感想が寒そう。
実際、黒いダウンをしっかり着込んだ笠松に黄瀬の裾の短いモスグリーンのダッフルコートは寒そうに見えたのだ。
白いマフラーで口元をぐるぐる巻きにはしているが、遠目にも防寒よりデザインを取ったものにしか見えなくて見てる方が寒くなってくる。
しかしムカつくことにその格好が随分と様になっているから、伊達にモデルをやってはいないのだと改めて思ってしまう。
ほら、また通りかかった女子が彼の方を振り返っている。
けれど今日はまだまだマシな方だろう。
酷い時なんか女子の大群に囲まれて身動きが取れなくなっている黄瀬の周りから彼女らが去るか耐え切れなくなった黄瀬が逃げ出してくるまで笠松は待っていなければならないのだから・・・
そんな光景を目にする度にこれは俺のものだと高らかに宣言できたらいいのに・・・なんて思わなくもないが、世間体のこともあるし、それになにより女子が苦手な自分があの渦中に入れないせいで夢のまた夢である。

「あ!センパーイ!!」

「よお・・・」

そんな笠松の心境を知らない黄瀬は雑踏の中から笠松を見つけると、顔一杯に嬉しいという笑顔を浮かべて腕をぶんぶんと振ってくる。
周囲にたくさんいる女子の視線など気にも留めずに笠松だけをその琥珀色の相貌で見てくる黄瀬を見るとそんな不安などどこかへ飛んで行ってしまった。
ゆっくり歩みを進める笠松の所まで待ちきれないとばかりに小走りで近寄ってくる様子までも嬉いと思ってしまう。

「センパイ、お疲れ様っス!!」

「おぉ、待たせて悪かったな。」

笠松の目の前で歩みを止めた黄瀬の挨拶も体育会系になってきたよなぁ、と思いながら待ち合わせの常套句を返した。
それに黄瀬も今来たところっス!と返してくるが、待ち合わせの際に先に着いた黄瀬が女子に見つかり囲まれてしまっているという状況に何度も遭遇してしまっているので、お前は俺より遅めに来いと言っているのに彼は今日も早く着いてしまっていたようだ。
しかし囲まれるのは黄瀬のせいではないし(自衛ぐらいはしろと思うが・・・)、こうやって笠松が来るのを嬉しそうに待ってくれていることを思うと怒るに怒れないのはやはり惚れた弱みだろう。
身長差のある笠松を見下ろしてくる黄色い頭に手を伸ばし、その髪を撫でてやると嬉しそうに目を細める姿がどれだけ可愛いと思ってしまうことか。

「とりあえず・・・先に飯にでもするか?」

「そうっすねー」

本当はもう少し柔らかな髪の毛を撫でていたい所だが、人目の多さと通行人の行きかう構内にずっと居ては邪魔になってしまうので名残惜しくも手を下ろして黄瀬に移動を促した。
時刻は11時半を少し過ぎたぐらいで少し昼食には早い気もするが、12時を回れば昼食に来る客でどこの店も込むだろう。
黄瀬がまた囲まれないとも限らないので、人が少ないうちに食事を済ませようと映画館に併設された商業施設のレストラン街に二人並んで歩き出す。

「何食うよ?」

「んーなんでもいいっスよ?」

なんでも良いが一番困るんだよ、でもセンパイの意見は聞かないと、と言う会話をしながら案内板の店舗をいくつか見比べるが、結局決まったのはいつもお世話になっているハンバーガーチェーン。
可も無く不可もなく、といった選択だが、モデルをやっている黄瀬はともかく普通の男子高校生である笠松のおこずかい的にリーズナブルなお値段で腹が満たせるファーストフード店はありがたい存在なのである。
正月に貰ったお年玉もあることはあるが、制服がなくなる大学進学を前にあまり使い込みたくは無い。
進学先によっては1人暮らしもありえるかもしれないので、なるべくなら使わずに残しておきたいとそこを選んだのであるが・・・

「うっわ・・・」

「予想以上だな・・・」

辿り着いたバーガーショップの盛況具合に二人で思わず尻込みしてしまった。
冬休みの学生もだが、親子連れの客がレジ前で長蛇の列を作っている様子を見るとその後ろに並ぶ気力は失せていく。
みんな考えていることは同じだったのだろうか、これでは並んだ所で注文を受けて貰っても席を確保できない可能性もある。
笠松の隣にいる黄瀬もこの光景に同じ事を思っていたらしく、どうするかと言って顔を見上げると綺麗な顔にあいまいな笑みを浮かべてその視線に答えた。

「どっか違うとこするか・・・」

「そうっすね・・・あ、隣の喫茶店開いてるっスよ。」

悩んでいるうちに列が伸びていくファーストフード店の前から移動して、黄瀬の指差す喫茶店風の店の前まで来たのだけれど、そろりと覗いた店の中は静かな音楽の流れる店内にはスーツを着たサラリーマンが数人、点々と座って食事をしていたり食後のコーヒーを飲みながら新聞を読んだりしているのが見える。
ただでさえ煩い黄瀬をつれてそんな落ち着いた店に入るのはためらいがあるし、大人びた雰囲気の小洒落た店は男子高校生にはなんだか敷居が高く感じて尻込みしてしまう。
しかしその黄瀬の方はもうその喫茶店の方に心を奪われているらしく、入り口前に出された本日のランチと書いてあるプレートを見て真剣な顔でメニューを選んでいる。
それを笠松も横から覗いてみたのだが、確かにファーストフード店に比べると値段は少し高くなるけれどランチメニューを頼めばサラダや食後の飲み物まで付いてくるならお得かも知れない。
「ここにすっか?」

「ハイっス!!」

笠松が良いと言うのを待っていたらしい黄瀬がさっさと店員に禁煙席に2人と言って店の中に入っていくのについて笠松も店の中に入った。
あまりこういった店に入ったことは無いが、少し暗めの照明に大柄な男子が座っても余裕のあるテーブル席は入ってしまえば落ち着いて時間を過ごせそうでなかなか良いかも知れない。
席に案内してくれた店員がお冷とお絞りとメニュー表を二人分置いて、ごゆっくりと言って去っていく。
糊の利いた白いワイシャツに黒いズボンという制服を着た落ち着いた雰囲気の女性店員は黄瀬の顔を見た時に一瞬目を見開いていたのが横目で見えたのだが、何も詮索せずに業務をこなしていった態度にも好感が持てた。
以前、バスケ部のスタメンで連れ立って入ったファミレスで黄瀬を見るなり騒ぎ立ててサインを求めてきた見るからに女子高生のバイトだろう店員のせいで店にいた客までも黄瀬に群がってきたことがあって、その場にいた全員がげんなりしたことがあるから尚更そう感じたのかも知れないけれど。

「センパイ、決まったっスかー?」

「んーランチのハンバーグ定食」

1人心の中で店員に採点しながらもメニューはしっかり見ていたのだが、一番ボリュームのありそうなメニューに目が行ってしまうのは男子高校生のサガだろう。
多少、物足りない気もするが部活は引退したのでそこまでの量も食べられなくなってきたしと笠松はそれに決めた。
しかし目の前に座る黄瀬はまだ食べたいものが決まらないのか、メニューを見ながらうんうんと唸っている。

「お前は?どーすんの?」

「いや、パスタかオムライスかどっちにしようと思って・・・」

わざわざメニューを笠松の方に向けて、指で写真を指し示しながらどちらもおいしそうだと説明してくれる。
確かにどちらもおいしそうではあるけれど・・・

「オムライスってお前・・・えらく可愛いもん食うな。」

黄色い卵に真っ赤なケチャップのたっぷりかかったオムライスは見た目も鮮やかで、更にランチにするとサラダもついてくるとあってメニュー表の中でも一番目立つ所に乗せられている。
笠松が小さい頃はよく母親が作ってくれたものだが、高校生になって見た目より量が欲しい年頃になってしまうといちいち卵を巻くのも面倒だと、手間を省いた大盛りのチキンライスに炒り卵がどっさり乗ったものが食卓に出てくるようになったものだ。
それに女子や子供が好みそうなイメージのせいか、出先で食べるのには少々気恥ずかしさがあるのだけれど・・・

「だっておいしそうじゃないっスか!!
 家じゃなかなかオムライスとか作れないし・・・」

地元は東京であるが、神奈川にある高校に通うために1人暮らしをしている黄瀬は生来の器用さとその類稀なるコピー能力で一般の男子校生より料理が出来るのは話に聞いて知っていたが、一人前のオムライスを作るなど逆に面倒くさいのだと力説してくれた。
なんでも中のチキンライス部分と外の卵部分を別々に作ると手間も掛かるしフライパンが二個いるので1人前を作るぐらいなら外で食べた方が早いのだそうだが・・・

「ふーん、じゃあ今度作ってくれよ。」

二人分ならいいだろ?と軽い気持ちで聞くと黄瀬は顔を真っ赤にしてメニュー表で口を覆ってしまった。
何で黄瀬が恥ずかしがっているのか分からなかった笠松であるが、自分の言った内容の意味をよくよく考えて自分の頬も熱く火照っていくのが分かる。
だって、恋人の作ったものが食べたいなんて・・・
しかも作って貰うとなると黄瀬の家に行かなければならないので、更に深読みすると黄瀬の家に行きたいと自分は言ったことになる。
そこまで思い至って笠松の顔にも熱が篭ってくるのが分かり、思わず顔をそらせてしまったが、まだ昼前なせいか近くの席に人がいなくてよかった。
このやり取りを誰かに聞かれていたら即効でこの店を出て行きたくなっていた所である。
しばらく恥ずかしさでお互いの顔を見れなくて、何を話せばいいのか戸惑っていた所に空気を読んだのか読んでいないのか先ほどの店員が注文を取りに来たので、ハンバーグとオムライスのランチセットと頼んだ。
かしこまりましたと言って店員が去っていった背中を見送った後、ようやく口を開いたのは黄瀬の方。

「き・・・」

「き?」

かすれて聞こえなかったその声に聞き返し、顔を上げると白い肌を少しピンク色に染めた綺麗な顔が見えて思わず見とれてしまった。
あぁもう、本当に何をしても絵になる顔である。

「き・・・機会が、あったら・・・」

「お、おぉ・・・」

よくやく搾り出された声を何とか拾い上げてまた恥ずかしくなったけれど、OKの返事を貰えたことで気分はとても良い。
ちらりと垣間見た黄瀬の唇もほんのり笑みを作っているし、笠松もこみ上げてきた嬉しさで口元は緩んでいるのが分かる。
肘をついた手の平を口にあてて必死に隠しているのが周囲にバレないでくれるとありがたい。
しかしここでもまた空気を読んだのか読んでいないのか、店員が注文の品を持ってテーブルに現れた。
目の前に置かれていく料理にそこまで腹は空いていないと思っていたのだけれど食欲が沸いてきたのもきっと男子高校生のサガだろう。
さっきまでお互い目を合わせ辛い雰囲気があったのに、二人揃ってテーブルの真ん中に置かれた箸やスプーンの入った籠に腕を伸ばしてカトラリーを手にすると料理を平らげる体勢に入った。

「頂きます。」

「いただきまーす!」

暫くお互い自分の料理を口に詰め込む作業に没頭していたが、黄瀬のおいしいっスという一言で止んでいた会話が再開された。
一口やると言って箸で切り分けたハンバーグを黄瀬のオムライスの横に置いてやるとお礼にオムライスを取っても良いと言って笠松の方に皿を押し出してきたので遠慮なく取ってやった。
しかし籠にはもう一つのスプーンが用意されていたのだが、わざわざ持ち変えるのも面倒くさいとチキンライスを薄焼き卵で包んで箸で掴んだのでそこまでの量を取ることは出来なかったけれど。
久しぶりに食べたオムライスは優しい味がした。

「あー久しぶりに食べるとおいしいっス。」

「そっか。」

半分ぐらいに減ったオムライスをつつきながら幸せそうに告げる黄瀬だが、派手な黄色い頭をした長身のイケメンが嬉しそうにオムライスを平らげていく図はギャップのせいかなんだか可愛らしく見えてくる。
自分よりずっと図体はでかいのに、こうやって見るとまだまだ手のかかるガキなのだろう。
いつもつんと澄ました涼しい顔をしているくせにいざ試合が始まるとその顔をかなぐり捨てて必死になるし、試合に負ければ人目も憚らずぼろぼろと大粒の涙を溢し、よくやったと褒めてやると満面の笑みを浮かべ、こうやって一緒に出かけるだけで嬉しそうに笑う、可愛い可愛い自分の恋人。

「な、なんっスか?」

「いや・・・」

じっと見つめすぎたのだろう、笠松の視線に気が付いた黄瀬が恥ずかしそうに聞いてくる。
その少し慌てたような、けれどこちらを伺ってきょろきょろと視線を彷徨わせる瞳も可愛らしいと思ってしまう。
けれど男である黄瀬に可愛いというのもどうかと思ってその言葉はぐっと飲み込んだ。
いつか思う存分黄瀬に可愛いと言ってその反応を見てやろうとは思うのだけれど・・・

「俺の受験が終わったら・・・色んなとこ行こうな。」

黄瀬と一緒にいて一番楽しいと感じたのはやっぱりバスケをしている時だったけれど、こうやって二人で遊びに行くのも楽しいし嬉しいものだと改めて思う。
もうあのお揃いの青いユニフォームを纏い、一緒のコートには立てないけれどそれで全てが終わった訳ではない。
年末に部活を引退して以来、あまりにも自身の周りの変化が激しくて気にしていたつもりの黄瀬の様子まで気を配ってやれなかったと今日の彼の様子からひしひしと伝わってきた。
本人は何も言わないし、きっとこれからも自分から言うことはないのだろう。
まったく困った奴だと思うが、笠松だけが何も言わない黄瀬が本当はどうして欲しいのか手に取るように分かって、そして黄瀬が望んでいる事を与えてやれる存在なのだと思うとこのまま変わらないで居て欲しいと思ってしまう。

「!?
 ハイっス!!」

何処へ行こうか?並んで買い物してもいいし、少し遠出して遊びに行っても良い。
そしてきっと最後にバスケをして帰るのだろう。
どっちも筋金入りのバスケ馬鹿だからきっとどちらともなくバスケをしようと言い出すのだろうと思うとくすりと笑いがこみ上げてくる。

「センパイ、何で笑ってるんスかー」

「なんでもねーよ。」

今度の笑みは隠し切れなったらしい。
笠松の顔をじっと見る黄瀬がどうしたんだとしつこく聞いてくるから話題をさっさと変えてしまった。
どこ行く?俺、中華街行きたいっス。あ、後は鎌倉とか!!観光地ばっかかよ!!だって神奈川来ても部活と仕事で忙しくてどこも行く暇なかったっスもん。勉強もしろよな・・・あーはい。なんだよ、その返事は?
勉強の話題が出た瞬間、苦い顔で言い淀むからきつく睨みつけてやった。
やれば出来るのにこいつはという意味も込めて。
しかし黄瀬の方になにやら覇気が無くなっていくのにそんなに怒ったつもりはないからコレの原因はきっと・・・

「センパイ・・・」

「なんだよ。」

「卒業しても勉強教えてもらえるっスか?」

「お前がどうしても赤点取りそうならな。」

これからの海常を託したというのにその期待のエースが補習で公式戦に出られないなんてなったら目も当てられない。

「バスケも見て貰えます?」

「お前の方が上手いから見るもなにも無いけど付き合ってやる。」

体格もバスケセンスも才能も笠松よりずっと持っている黄瀬と練習して腹が立ったなんてこの1年で何度も経験してきたから今更だ。

「後・・・」

「あーもう、わざわざ言わなくても予定あわせてなんでも付き合ってやる!!」

本当に困ったぐらいに黄瀬の言いたいことや不安に思っていることが分かってしまうから腹が立つ。
そんなもの全部ひっくるめて黄瀬が良いと言って、彼と付き合っているのだから気にすることなどなというのに。
ここ数日の態度で黄瀬をこうやって不安にさせてしまった自分にも原因があるから強く言えない所は笠松自身が反省する所であるが・・・

「とりあえず、今日は一日遊んで帰るつもりだからしっかり付き合えよ!!」

「・・・望む所っス!!」

しかし過ぎてしまったことは仕方ない。
こうなったら今日は黄瀬が望むまま一緒にいれば良い。
だからさっさと残りのオムライスを平らげて遊びに行くと言えばようやくいつもの生意気な調子を取り戻してくれたようだ。

「センパイ、俺あっちの店も見たいっス!!
 あと、新しいバッシュとピアスも見て・・・」

「分かった、分かったから先に飲み物飲んでからだ。」

しかし食後に持ってきて欲しいと頼んでいたランチセットの飲み物に手をつける前に立ち上がろうとするのは急ぎすぎだろう。
けれど笠松の一言で表情も気持ちまでも変えてしまう黄瀬を可愛いと思ってしまうのは惚れた弱みなのだろうと諦めるどころか喜んでいる自分に気が付いて、更に優越感に浸ってしまうぐらいだからどうしようも無い。